Ritsuko Kawai

ライター・ジャーナリスト。カナダで青春時代を過ごし、現地の大学で応用数学を専攻。帰国後…

Ritsuko Kawai

ライター・ジャーナリスト。カナダで青春時代を過ごし、現地の大学で応用数学を専攻。帰国後は塾講師やホステスなど様々な職業を経て、ゲームメディアの編集者を経験。その後、独立して業界やジャンルを問わずフリーランスとして活動。趣味は料理とPCゲーム。ストラテジーゲームとコーヒーが大好き。

マガジン

  • タイタンと呼ばれた女

    ホステスから物書きへ転身したジャーナリスト、河合律子の情けと挫折に塗れた人間失格の半生を綴った備忘録です。

  • ビジュアルメモリーズ

    幼い頃からセガハード一筋で遊んできた筆者が、ドリームキャストが隆盛を極めていた当時のゲーム業界を振り返る形で、ビジュアルメモリという名の外部記憶装置に永久保存された思い出の数々を掘り起こす青春連載。

最近の記事

タイタンと呼ばれた女 13話「私と戦士の館」

私は子供を作れない人間として、この世に生を受けました。私には生殖機能そのものが備わっておらず、私は自らの遺伝子を後世に残すことを許されないバグとして誕生したのです。末代の烙印を捺された見返りとして、私は男性も女性も等しく想える心を授かりました。世界は私のような人間をバイセクシャルと呼びます。 一説によると、私の前世は1066年のノルマン・コンクエストに参戦したヴァイキングの戦士で、侵攻先のイングランドで無垢な坊さんを殺しまくった罰として、ヴァルハラで軍神オーディンの宴に加わ

    • タイタンと呼ばれた女 12話「私のはじまり」

      Yが死んだ時、私はとうとう自分の殻を打ち破って、いまの私として生まれ変わりました。Yが死ぬことで、私の不完全なゴーストは完全な世界へと受肉したのです。そして私は、その変化をきっかけに組織を抜けました。 もともと不完全な自分を殺すために属した仮初の居場所に、もはや完全体となった私が居座り続ける必要はなくなったのです。そうして私という醜く純粋で、まだまだ不安定なドラゴンは、Yの願いどおり現世に解き放たれました。 いま思えば、Yは子どもの頃からずっと自分ではない何か、彼が恋焦が

      • タイタンと呼ばれた女 11話「私の居場所」

        目を閉じて眠りにつこうとするとたびに、これまで歩んだ人生のすべてを後悔の念で覆い尽くすような過去の記憶が蘇るのです。そうして私は、いつだってうしろばかり振り返ってきました。 後悔とは、存在し得ない世界線の妄想です。あの時もっと上手くやっていれば、あの時別の道を選んでいたら。そんな思考が可能なのは、紛れもなく失敗や挫折を味わった、「いまの自分」だからなのです。 つまり、「もし」などという仮定に基づいた別の過去は、決して論理的に成立し得ないタイムパラドックスのようなものです。

        • タイタンと呼ばれた女 10話「私の記憶」

          私には子供の頃の記憶がほとんどありません。どこからどこまでの期間を覚えていないのか。私の自我は正確にいつどの時点で生まれたのか。それは到底分かりません。この手記の冒頭で語った過去が、私の幼少期と定義できるほぼすべての情報です。そんな私の歩んだ軌跡を補完してくれるのが、これまでたどってきたYの記憶なのです。そういう意味で、Yは私の半身なのです。Yがそばに居た時の記憶を辿ったいま、ようやく私は自分自身のことを語れます。 Yの最期はあまりにも突然に訪れました。その瞬間まで私は彼と

        タイタンと呼ばれた女 13話「私と戦士の館」

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        • タイタンと呼ばれた女
          14本
        • ビジュアルメモリーズ
          9本

        記事

          タイタンと呼ばれた女 9話「Yと挫折」

          Yはドリ乳に失恋したことで、色白で繊細な見た目からは想像もできないような潔い雄々しさを、熟れて落下した梅の果肉の蜜のように、じわじわと醸し出すようになりました。彼の男らしさは、噛み続けることでしか味わえないスルメみたいなものです。いったい彼の生涯で彼が出会った人間の何人が、それを理解できていたでしょうか。 私は知っています。Yに関わったことがあるほぼすべての人間は、彼のカリスマにひだまりのような温もりを覚えたことでしょう。Yの周りにはいつだって、彼に手を差し伸べてくれる仲間

          タイタンと呼ばれた女 9話「Yと挫折」

          タイタンと呼ばれた女 8話「Yと巨乳の女教師」

          Yが空手の師匠と出会ったのも、Kとの邂逅と同時期でした。その男、遠方から着任した新人の英語教師で、生活費を浮かせるためにYとKが暮らす宿舎の小さな一室を借りて、学生と生活を共にしていたそうです。あとは先に語ったとおり、この若きストリートファイターのアジア放浪記と武勇伝に魅せられたYが、無理を通して彼に弟子入りしたのです。 始めは昼休みや放課後に空いたプレハブ小屋を使ってマンツーマンで稽古に励んでいましたが、その後に二人は校長に直談判してポケットマネーを引き出し、それまでなか

          タイタンと呼ばれた女 8話「Yと巨乳の女教師」

          タイタンと呼ばれた女 7話「Yと親友」

          過去を大切に抱ける人は幸せです。どこから来て、誰と出会って、何を見て聞いて、どうやってここまで辿り着いたのか。そうやって残してきた足跡をひとつひとつ逆行して、自分が生きてきた僅かな匂いを時間の流れから嗅ぎ取って、巻き戻った景色の中に愛せる自分を写せる人は、本当に幸せです。心豊かであろうから。 Yがこの世を去った時、私の過去はドス黒い霧で覆われました。どこまで記憶を巻き戻しても、そこに見渡せる景色など到底広がっていないのです。そこにはただ、暗闇の中にぼんやりと映る、あの埠頭の

          タイタンと呼ばれた女 7話「Yと親友」

          タイタンと呼ばれた女 6話「Yと師匠」

          私がYと毎年の初夏を過ごした公園には、あれから一度も訪れていません。そこは今でも日本海から吹く冷たい海風にさらされ、ほんのり潮の香る木製のベンチには、ほとんど誰も座っていないのかもしれません。だからこそ、もう一度同じ時間にあの場所へ行って座っていれば、あの時のままのYが私の隣に現れてしまいそうで、それがとても恐ろしいのかもしれません。 Yはずっと私に便りを届けてくれました。彼が思春期の獣道に残した足跡を、私はすべて追いかけてきました。ひとつひとつの足跡は私の心の中でずいぶん

          タイタンと呼ばれた女 6話「Yと師匠」

          タイタンと呼ばれた女 5話「Yの記憶」

          長きにわたって、私はYの半生について口を閉ざしてきました。それは彼がこの世を去った現実からの喪失感や、私だけが生恥を晒している現状に対する罪悪感などといった、もっとも人間らしい高尚な感情からではなく、Yという少年の過去そのものを私の記憶から消してしまうことで、自己嫌悪から逃げ出そうとするエゴイスティックな防衛本能からだったのかもしれません。しかし、その結果私は、とんでもなく暗い森の中を彷徨い続けることになったのです。 あの日、Yが遠い学校へ行くから会えなくなると私に告げた後

          タイタンと呼ばれた女 5話「Yの記憶」

          タイタンと呼ばれた女 4話「Yと私」

          私の半生を語るには、Yという少年の存在について語らなければいけません。彼の半生を忘れてしまったら、私はどうしようもなく迷子になってしまう気がするのです。私はYのすべてを知っていて、Yもまた私のすべてを知っていた存在。家族や恋人とは違うけれど、友人と呼ぶにはあまりにも親しい間柄。そんな関係を指す言葉は星の数ほど存在するかもしれないけれど、私の半身とも感じられるYを表現する言葉を、残念ながら私は知りません。 Yとは児童相談所の待合スペースで出会いました。その季節も時間も、ソファ

          タイタンと呼ばれた女 4話「Yと私」

          ビジュアルメモリーズ 第9話「ホッケおいしいイクラおいしい」

          Kと別れて再び独りぼっちになった私は、札幌から電車で30分ほどの観光名所、小樽へ向かった。ゲーム内では「春野琴梨」ルートで3日目に初デートの際にアンロックされるエリアで、ロシア人ヒロイン「ターニャ・リピンスキー」の攻略では毎日足を運ぶことになる。 ガラスの心に焔を入れて 今回の聖地巡礼で私がもっとも楽しみにしていた場所。それがターニャの職場として作中にも登場する小樽運河工藝館だ。残念ながら2011年に閉店してしまったが、当時はゲームで描かれたまま。 工房からは熱気が溢れ、

          ビジュアルメモリーズ 第9話「ホッケおいしいイクラおいしい」

          ビジュアルメモリーズ 第8話「何かが始まる彩りの予感」

          フェリーの船室で知り合ったスキー観光の旅行者たち、1週間宿泊したホテルのフロント係、夜中のラーメン横丁で絡んできた酔っぱらい。みんな私の顔を見るやいなや、保護者はどこかと尋ねてきたのを覚えている。 GPSが使えるスマホが普及した現在の事情は知らないが、当時は義務教育も終えていないような年頃の子供が、シェンムーの涼さん気取りで一人旅をしているなんて誰も想像しない。幼いころから、誰とでも友達になるのが得意だった。旅は道連れ。友達は現地調達。それが私のロールプレイだった。 イベ

          ビジュアルメモリーズ 第8話「何かが始まる彩りの予感」

          ビジュアルメモリーズ 第7話「胸躍る北の聖地へスキップ」

          忘れもしない1999年12月下旬。まだ10代前半だった私は人生で初めて体験したギャルゲーの舞台にすっかり魅了され、日本海の波を切るフェリーの甲板でまだ見ぬ北の大地へと続く水平線を眺めながら、冬の海風に頬を赤らめていた。 ロールモデルはギャルゲのヒロインすべての始まりは、ドリームキャスト発売当初から毎月購読していた雑誌ドリマガの特集で、たまたま『北へ。』を目にしたこと。幼いころからヒゲとマッチョとゾンビが大好きだった私にとって、それまでギャルゲーなど一切興味の対象にならなかっ

          ビジュアルメモリーズ 第7話「胸躍る北の聖地へスキップ」

          ビジュアルメモリーズ 第6話「カニがいっぱいホタテいっぱい」

          前回までで、インターネットが今ほど家庭に普及していなかった時世にあってネトゲ文化に市民権をもたらした初代『PSO』の2000年と、時代をさらにさかのぼって世紀末シネマティックサスペンス『July』をテーマに、ドリームキャストが発売された1998年末を振り返った。 今回は名作ぞろいの1999年の中でも、ゲームの舞台をこの目で見たくて北海道へ一人旅したほど特に思い入れが強い作品『北へ。 White Illumination』の記憶にアクセスする。本作の生い立ちには当時の北海道経

          ビジュアルメモリーズ 第6話「カニがいっぱいホタテいっぱい」

          ビジュアルメモリーズ 第5話「セックスレス体と恐怖の大王」

          忘れもしない1998年11月27日。その日、おもちゃのハローマックで事前予約していた私は、湯川専務の顔写真がプリントされたドリームキャストの箱を胸いっぱいに抱えて、満面の笑みを浮かべていた。そして、お父様の2か月分のお小遣いが吹き飛んだ。 ローンチタイトルのラインナップは、セガが執念で間に合わせた待望の『バーチャファイター3tb』のほか、『ゴジラ・ジェネレーションズ』『ペンペントライアイスロン』、そして『July』だ。 当時、周りの子どもたちが最初のゲームにゴジラやペンペ

          ビジュアルメモリーズ 第5話「セックスレス体と恐怖の大王」

          ビジュアルメモリーズ 第4話「セガが最終決戦を挑んだ日」

          「1999年7か月、空から恐怖の大王が来るだろう。アンゴルモワの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために」(訳は諸説あり)というノストラダムスの大予言を覚えているだろうか。16世紀フランスの占星術師ミシェル・ド・ノートルダムが、著書「予言集」百詩篇第10章72節に残した言葉だ。 このパワーフレーズをゲームの冒頭に放り込んでドリームキャストの門出を祝したタイトルの一つが、フォーティファイブの世紀末シネマティックサスペンス『July』だ。筆者のビジュアルメモリに残る最

          ビジュアルメモリーズ 第4話「セガが最終決戦を挑んだ日」