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ビジュアルメモリーズ 第3話「夜だけの関係ラグオルデート」

Ritsuko Kawai

それまで既存のオンラインゲームではテキストベースのロビー画面が一般的だったこともあり、プレイヤーのアバターを介して直接触れ合い、シンボルチャットを使って感情を豊かに表現できる『ファンタシースターオンライン』(PSO)は、単なるコミュニケーションツールとしても便利だった。

もちろんロビーで知り合ったフレンドとの冒険も楽しんだが、チャットするためだけにログインすることもしばしば。当時、北米サーバーに入り浸りアメリカ人やカナダ人とばかりつるんでいたのを覚えている。ラグオル(PSOの舞台となる惑星)だけの関係、“ラグオルデート”なんて言葉もあった。

ダイアルアップ接続で電話代が青天井

そんな思春期のセガゲーマーを悩ませたのが、1か月に2万円にも3万円にも膨れ上がった電話料金だった。それというのも、エルフの里と言っても過言ではない私の生活環境には、当時まだダイアルアップ接続しか選択肢がなく、23時から翌日8時までに限り通話料金が定額になるテレホーダイも対象外の未開拓地だったのだ。また、『PSO』は家庭用ゲーム機では初のブロードバンド対応ゲームだったが、当然ブロードバンド回線などという近未来のテクノロジーが整備された地域ではなかった。

『PSO』のロビーに接続するたびに流れる「ピーヒョロロロ…… ピロピロピロピロ…… ガァァァアアア」という音が懐かしい。毎晩ボーイフレンドと『PSO』に潜っている間、自宅の電話は常に通話状態。よくお父様に「いつまで長電話しているんだ!」と叱られたものである。電話代の請求書が届いた際に大目玉を食らったのは言うまでもない。

『PSO』といえば、まだパッチ配信なんて概念がなかった時代だけに、バグ修正のほかに新たな難易度やレアアイテムを追加した『PSO Ver.2』が半年後に発売されたことも忘れてはいけない。定価が無印より2000円安かったとはいえ、内容をアップデートしただけのゲームがフルプライスで販売されていたのも、今よりも当たり前の光景だった。

それでもバトルモードやチャレンジモード、最高難易度のアルティメットモードが追加されると聞いて有無を言わさず飛びついたものだ。特にソロプレイではクリア困難なアルティメット難易度は、フレンドたちと協力して何度でも立ち向かった青春ドラマとして記憶に焼き付いている。中には進学や就職、入院で引退が目前に迫っているメンバーもいて、最後の思い出を作ってあげようと奮闘することもあった。振り返ってみれば、まさにドラマ「光のお父さん」みたいだった。

バイナリエディタと闇の武器商人

当時はゲームのセーブデータを今のようなサーバー上ではなく、ビジュアルメモリにローカル保存していたため、データ改造によるアイテム増殖といった不正行為もあとを絶たなかった。たとえば、世界中のプレイヤーが喉から手が出るほど欲しがった超レアアイテムも、バイナリエディタを使ってアイテムデータの情報を少し書き換えるだけで容易に偽造できたのだ。それが一部のチーターを介してネットの海に拡散された事件も少なくない。

筆者の周囲でも当事者が暗躍していた。なんと通っていた学校のクラスメートにチートグループに所属して偽アイテムを売りさばいていた闇の武器商人がいたのだ。私にこっそり正体を明かして、「欲しいアイテムがあれば何でも作ってやる」と誘惑してきたのを覚えている。もしかしたら私がボーイフレンドからもらった「アギト」や「スプレッドニードル」といったレア武器も偽物だったのだろうか。いまとなっては知る由もない。

このように通信基盤が現在ほど整備されていない時代にあって、プレイヤーの多くが標準のアナログモデムのまま遊んでいたにも関わらず、初代『PSO』最盛期の同時接続ユーザー数は当時のPCゲームを含めてトップクラスだった。これによりオンラインゲームの認知度は急上昇。開発を手がけたソニックチームの貢献は、後世の作品に多大な影響を与えた。カプコンの看板タイトル『モンスターハンター』も、『PSO』のゲームシステムにインスパイアされたことで知られている。

そんな『PSO』は同年代の『ファイナルファンタジーXI』や『ドラゴンクエストVII』といった著名タイトルを破って、第5回日本ゲーム大賞にも輝いた。21世紀の夜明けは、まさにオンラインゲーム市場が家庭用ゲームメーカーに拓かれた瞬間だったのだ。次回は時代をさらにさかのぼって、ドリームキャストのローンチ当初の外部記憶にアクセスする。

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