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ベルリンのキャバレー

元ギムナジウムの歴史の先生のところでナチスの抵抗運動家についての話を聞きに行っているのですが、今回はキャバレーについて面白い話を聞きました。

ベルリンには1900年頃から「キャバレー」と呼ばれるパントマイム、ミニコント、詩の朗読、歌唱、ダンス、アクロバットなどをお酒を飲みながら鑑賞する娯楽施設があります。日本のキャバレーとは全く趣を異にする、知的で風刺のきいたコミカルで芸術的な場所です。

特に20年代からナチスが台頭する33年までが最盛期で、コントや詩を書いていたのがクルト・トゥホルスキー、エーリヒ・ケストナー、クラウス・マンという錚々たる作家たちだったというのですから驚きます。ケストナーと言えば『二人のロッテ』『点子ちゃんとアントン』『エミールと探偵たち』などの児童文学作家として日本でも有名ですが、当時は厭世的でシニカルな詩や小説を書く作家、ジャーナリストとしても売れっ子でした。

しかし、ヒトラーが政権を掌握すると状況は変わっていきます。キャバレー作家の書く政府や社会に向けた辛辣な風刺は、当然ナチス政府のお気に召しません。彼らの著書は焚書の憂き目に遭い、全員執筆禁止となり、アーティスト達も含めて国外に追放されたり収容所で殺害されたりして、キャバレーは国営化され、言論統制が敷かれたのです。

しかし、私営の小さなキャバレーは政府に屈しませんでした。

例えば、あるコメディアンはこんな一人芝居をしました。彼は自宅の居間で、プレゼントにもらったヒトラーの肖像画を手に持っています。

「ああ、なんて素敵な肖像画だろう。これをどこに飾ろう。吊るそうかな。それとも壁に立てかけようかな」

ここで会場はドッと笑いの渦に包まれます。

彼はドイツ語でSoll ich ihn hängen? Oder an die Wand stellen?と言ったのですが、これはつまり彼を絞首刑にしようか?それとも銃殺刑にしようか?という隠語を使った言葉遊びなのです。

これがどれほど危険なことであるか、コメディアンが知らないはずはありません。会場には必ずナチス党員がいて、ゲシュタポに密告し、楽屋で尋問されるわけですが、コメディアンはゲシュタポに、

「総統の絵を壁に掛けようか、立てかけようか、と言うことに、何の問題があるのですか?それともあなたは別の意味があると思われたのですか?」

と反対に聞き返したそうです。

当時、ナチスと闘っていたのは勇敢なゾフィー・ショルや社会主義者たちだけではなく、キャバレーもまたゲシュタポに逮捕される恐怖にさらされながら、ジョークや言葉遊びを武器に闘っていたのです。

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