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変数xをxのまま理解するということ

「学校の授業でわからなかったところある?」

僕はそう聞いた。中学1年生のAちゃんにオンラインで数学を教えていた。学校での成績は中くらいで、数学にかなりの苦手意識があり、この日も授業で詰まったところがあったらしい。

送られてきたのは、方程式を立てて数量を特定する問題。

何人かの生徒で、あめを同じ数ずつ分けます。5個ずつ分けると12個余り、7個ずつ分けると4個たりません。生徒の人数は何人ですか。

中学1年生数学教科書

よく見るパターンである。

あめの数を2つの方法で表すこと、そして、立てた方程式の両辺ともに変数が登場することが、他の方程式の問題と比べて、この問題を難しくしているのだが、話を聞く感じ、どうやらわからなかった原因はそれではないらしい。

「求めたいものは何?」「生徒の人数」

「じゃあ、生徒の人数を $${x}$$ とおこうか」「うん」

「で、あめの数を $${x}$$ を使って表したいんだけど、手がかりになりそうな文章はわかる?」「5個ずつ分けると12個余るとこ」

「そうそう! じゃあ、あめの数を $${x}$$ を使って表すとどうなる?」「……」

方程式を解くところよりも、数量を文字を使って表すところにつまずくケースは多い。

日常に則した自然な問い

「よし、わかった。じゃあ、生徒が5人いたときに、5個ずつ分けると12個余りました。あめは元々何個あった?」「……..」

$${x}$$ に簡単な数字を当てはめていって、規則性をつかむ。その当てはめた数字部分を $${x}$$ に変えればいいのではないかと気づいてもらう。その方針で進めようとしたのだが、少し面食らう。

5人いたときの答えが出てこないのでは、話が進まない。とにかく、数字を小さくしてみることにした。

「じゃあ、生徒が1人いたときに、5個ずつ分けると12個余りました。あめは元々何個あった?」「……..」

数字を小さくしすぎて、日本語が不自然だ。

「ごめんごめん。生徒が1人いたときに、その生徒に5個あげると12個余りました。あめは元々何個あった?」「……..」

うーん。答えを教えたくなる気持ちをグッとこらえる。流石にここは粘り強くもっとイメージを持ってもらう必要がある。

「しっかりイメージして。Aちゃんはあめを持っています。目の前に1人の友達がいます。友達に5個あげると、12個余りました。元々、Aちゃんは何個あめを持っていたでしょう」「….17個」

よし。成功だ。自分自身を主語にすることで、状況が明確に掴めたっぽい。

「じゃあ、生徒が2人いたときに、5個ずつ分けると12個余りました。あめは元々何個あったでしょう」「….22個」

「どうやって計算した?」「$${2\times 5+12}$$」

「正解!」

共有していたiPadの画面上に数式を書く。生徒の数を徐々に増やす。

「生徒が3人いたときに、5個ずつ分けると12個余りました。あめは元々何個あったでしょう」

「生徒が4人いたときに、5個ずつ分けると12個余りました。あめは元々何個あったでしょう」

どれもクリアだ。10くらいまで、丁寧に繰り返した。

良さそうだ。このまま、$${x}$$ に飛躍してもいいのだが、それだと結局、次この問題に出会った時にうまくできるか怪しいところだ。

ちゃんと変数$${x}$$を$${x}$$のまま理解してほしい。

大きな数字を理解する

とりあえず数字を大きくしていく作戦に出た。

「生徒が100人いたときに、5個ずつ分けると12個余りました。あめは元々何個あったでしょう」「$${100\times 5+12}$$」

「これは大丈夫??」「ちょっとわからない」

予想外である。ちゃんと正解しているにもかかわらず、体感としては「わからない」。おそらく、100を今までのところに当てはめれば答えが出ることは「なんとなく」わかっている。でも、実際当てはめた数式があめの数になることに対して正確なイメージをもてていないのだ。

「しっかりイメージしてね。目の前に100人の人がいます。1人ひとりに5個ずつあめを渡していきました。順に5個ずつ。100人全員に配り終わると、12個余りました。さて、元々あめは何個あったでしょう?」「$${100\times 5+12}$$」

「どう?」「なんとなくわかった」

一歩前進である。数式と自分の頭の中でのイメージが明確に対応していないと、なかなか「わかる」という感覚になるのは難しいんだな、という考察も前進する。

100人のところを1万人にしてみる。多少苦戦しながらも「なんとなくわかった」とのこと。もうちょっと桁数を増やす。

「じゃあ、もっとイメージしてね。目の前に100万人の人がいます。1人ひとりに5個ずつあめを渡していきました。順に5個ずつ。100万人全員に配り終わると、12個余りました。さて、元々あめは何個あったでしょう?」「$${100万\times 5+12}$$」

「これもいい?」「よくわからない」

進んだと思ったら、また引き止められる。自己分析をしてみてもらおう。

「100はわかったのに、100万がわからないのはなんでだと思う?」「うーん、100万は数えられない」

なるほど。1万人も100万人も数える苦労はさして変わらないだろうと思うのは、ただの僕のお気持ち。彼女にとっては、1万人は数えられそうでも100万人は無理なのだ。

ただとにかくイメージができていないのが難しさの根底にありそうだ。そもそも100万人を数えた経験もないし、100万人というものが一体どれくらいのオーダーなのかもわからない。問題はそこにあるのではないか。

「日本の人口って何人か知ってる?」「全然わかんない」
「大体1億3000万人くらいいます」「へーー」

ここで一つ手を思いつく。

「コロナが流行った時期に安部首相が何か配ってたよね? 何か覚えてる?」「うん、マスク」
「あれって、1人何枚配られた?」「2枚」

「そうそう。じゃあそれを想像してみよう。安部さんはめちゃめちゃ準備して、マスクを用意して、日本人全員、つまり1億3000万人 1人ひとりに2個ずつマスクを渡していきました。そしたら、ちょうど12個だけ余りました。さて、安部さんは元々何枚のマスクを用意していたでしょう?」「$${1億3000万 \times 2+12}$$」

「わかった?」「わかった」

大成功である。

彼女にとって、数式を構成することは、目の前にあるイメージをまっすぐ具現化することなのだろう。だから、1億3000万人がありありと想像できるまで、$${1億3000万 \times 2+12}$$ という数式は形だけの理解にとどまってしまうのだろうし、$${10\times 2+12}$$の10を形式的に置き換えるだけの発想には違和感があるのだろう。

逆に言えば、彼女は今、1億3000万人を把握し、想像し、イメージしたことによって数式を理解した。

しかし、おそらくここには一つの飛躍がある。彼女が「100万人は数えられない」と言ったように、彼女の目の前には1億3000万人全てが並んでいるわけではないはずだ。1億3000万人のありありとしたイメージというのは、1億3000万人の規模感がどれくらいかさえわかればいいのであって、1人1人配るという作業を1億3000万回想像したわけではないだろう。

1人1人配るという作業のイメージは最初の数人にとどまっていて、あとはこれを適切な回数行うだけ。そして最後の1人に配り終えたところで手元には12個のマスクが残っているのである。

数学でよく目にする「$${1+1+\cdots +1}$$」という「$${\cdots}$$」の記法の理解はここから生まれている。

理解できていながら、目の前に見えるわけではないという理解

ここまで来れば、数字は無尽蔵に増やせるはずだ。

なぜなら、配るのは最初の数人、あとは「$${\cdots}$$」を使って適切な人数まで端折って、で、最後の想像だけすればいいのだから。

想像通り、彼女は3億人も1兆人も「わかった」と言ってくれた。

彼女の中では大きな人数を大きなまま捉えることができている。そして、数式を理解してはいるものの、おそらく1兆人を目の前に想像しているわけではない。1兆人という数字を少し抽象的に眺めているのだ。

変数まであと少し

もう$${x}$$でできるかな?と思ったが、もう1ステップだけ踏むことに決めた。

「1ダースって何個のことか知ってる?」「ダースはわかるけど、何個かは覚えてない」

「1ダースは12個のこと! で、、、それみたいな感じで、今、目の前に"1ファイト"人います。ファイトっていう単位は今自分が作った適当なやつなんだけど、1ダースみたいな感じだと思って。」「ファイト?笑」

「そう笑 とにかく、1ファイト人1人ひとりに5個ずつあめを渡していきました。1ファイト人全員に配り終わると、12個余りました。さて、元々あめは何個あったでしょう?」

10人に配ろうが、1億人に配ろうが、1ファイト人に配ろうが、彼女の中でやることはもう変わらない。

「$${1ファイト \times 5+12}$$」

数と変数をつなぐ役割を "ファイト" が果たしてくれた。ファイトというネーミングがどこから来たのかはとりあえず問わないでおく。この時の僕に聞いてくれ。

変数を変数のまま理解する

「やった! じゃあ、もうできそうかな。生徒が$${x}$$人います。あめを生徒に5個ずつ分けると12個余りました。あめは元々何個あったでしょう」「$${x \times 5+12}$$」

「理解できた?」「できた!」

彼女はとても嬉しそうに答えた。この授業が始まる頃には、配った人数が2人のときでさえ、確信をもって計算できなかったのだ。それが、$${x}$$人を想像し、そして、あめの数を$${x}$$を使って構成できてしまった。その嬉しさが彼女の笑顔に表れていた気がした。

まとめ

と、変数を変数のまま理解すること、について実体験を多少の脚色とともに語ってみた。まとめると

  1. 小さい数字で想像する

  2. 大きい数字で想像する

  3. 大きすぎる数字で想像を一段上にレベルアップする

  4. よくわからない数字で想像する

  5. 変数$${x}$$で想像する

というステップを踏んだことになる。


普段、大学数学ばっかりやってると、一般の変数で考えるのが当たり前になってくるが、抽象的な思考のスタートはこういうところから始まるんだよな、と深く考えた1時間だった。

そんな機会を与えてくれたAちゃんに感謝して筆をおきたい。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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