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三人の物語 一人目 ユアン・エイル 小学生【コッシ―さまのための小説・連作短編】

 いつものまがりかどには、おおきなさくらのきがある。越川叶芽こしかわかなめくんは、きょうも、めをきらきらさせて、さくらのきにてをのばしていた。みじかくて、さらさらな、叶芽くんのかみのけ。わたしは、いつもの、ながいみつあみふたつ。叶芽くんをみて、きゅっとくちをむすんだ。わたし、きょうは、かなしくても、ぜったいに、ぜったいに、なかないんだから。

「叶芽くーん! おっはよー!」

 わたしは、さんねんせいで、叶芽くんは、よねんせい。てをふって叶芽くんのとなりにたつと、わたしのしんぞうは、きゅうっとないた。いつもとおなじ。わたしたちは、いっしょに、がっこうへいく。でも、それも、きょうでさいご。

 そつぎょうしきがおわると、叶芽くんめがけて、はしった。叶芽くんにあげる、たいせつな、たいせつなてがみを、ぎゅっとにぎりしめて。

「かっ、叶芽くん! これ!」

 叶芽くんは、きょとんとして、ふしぎそうにわたしをみつめている。どんなほうせきよりもきれいな、叶芽くんのきらきらのひとみに、すいこまれそうになった。

「これ! これあげるっ!」

 はずかしいから、したをむいて、うでをぐっとまえにだして、てがみを叶芽くんのおなかにおしつけた……つもりだったけど。

「エイルちゃん?」

 わたしがてがみをおしつけたのは、叶芽くんじゃなくて、叶芽くんをむかえにきた、おとうさんのおなかだった。

「はっ! ご、ごめんなさい!」

 叶芽くんのおとうさんは、にっこりとわらった。

「『叶芽くんへ』……。このてがみ、エイルちゃんが叶芽のためにかいてくれたの?」

 わたしは、はずかしくて、はずかしくて、なんども、なんども、うなずいた。

「わたし、かんじがわからない。でも、叶芽くんのなまえだけは、かけるようになった。だから、叶芽くんに、てがみ、かきました」

 叶芽くんのおとうさんは、わたしのてを、そっとつつんでくれた。

「てがみ、よんでいい?」

 わたしがちいさくうなずくと、叶芽くんのおとうさんは、しずかにてがみをひろげた。わたしは、叶芽くんのおとうさんが、てがみをよみおわるまで、じっとまっていた。

「……。エイルちゃん、ありがとね」

 叶芽くんのおとうさんは、あめあがりのおひさまのようにわらった。

 わたしがかいたのは、おおきなハートマークと、そのなかに、わたしのきもち。にほんごのことばをかくのは、うんとじかんがかかったんだけど。

叶芽くんへ

がんばって!
だいすきだよ!
YOU ARE MY HERO!

エイルより

 これは、わたしがはじめてかいた、ラブレターなんだよ。

<二人目につづく>

◆あとがき 一人目

この連作短編に登場する人物やその名前は、樹による完全な創作です。

コッシ―さまから、テーマ「春からの新生活」というお題を頂きました。
奥様と、息子様が、春から新たな挑戦をされるとのことでした。
この企画【あなたのための短編小説、書きます。】を書くにあたって、コッシ―さまが書かれた、数多くの素晴らしいエッセイを拝読し、深く感動いたしました。この思いをどういう形にするか、かなり思案しました。

悩んだ末、私の頭の中で醸成された、とてもとてもあたたかい、ご家族のイメージに「越川さんご一家」という名前を付けさせていただき、表現させていただけないかと思い、この三篇の短い小説が生まれました。

一つ目は、越川家の長男、叶芽かなめくんの友達、エイルの視点での小説となりました。

人物描写がトンチンカンになっていないか、私の言葉でご不快な思いをさせてしまわないか……いつものとおり、深く悩みに悩んだ末、

「書きたいことを、まっすぐに書こう!」

と覚悟を決め、本作に至りました。

密かな試みとして、登場人物の名前にも、コッシ―さまご一家を応援する気持ちを込めております。

コッシ―さま、もしよろしければ、あと二人分の物語を、お届けさせて下さい。



いままで書かせていただいた、「あなたのための短編小説」は、こちらです。


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