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四神京詞華集/NAMIDA(1)

もともとはブログなるものをやっていた。
愚痴愚痴と10年以上。
誰に向けたものでもない、誰も見ることのない忘備録を。
それがnoteなるものを見つけてまた愚痴愚痴と数年。
やがては宣伝することもなくなって、創作物なんぞ載っけようなどと思って書き殴る作品がこれである。
さくっと説明をするとまず、小説ではない。
これは私自身が状況描写や心理の掘り下げに全く興味がなく見る方でも書く方でもサクサク話が進んでほしいタイプだからだ。
ジャンルは『ト書きがクドイ脚本と』勝手に呼んでいる。
あと時折、実生活に即した愚痴や時事ネタが入っている。
が、無論エッセイなどという御大層なものでもない。
あくまでも完全フィクションである。
舞台はこの国の、とある時代がモチーフのファンタジー世界。
チープな言い回しを甘んじて受けて頂けるなら
『今とは違う時代、違う世界』
という1000番煎じくらいの舞台である。
その1000番煎じをこれから一生かけてゆっくり紡いでゆく事にした。


『一生四神京します宣言』


つまりは、私の人生における長い長い暇つぶしのはじまりはじまり。


【龍の背に遊ぶ、郎女】

○蝮山・山道
都の東には、三つの目立った山がある。
蝮山、蛟山、青龍峰。
とはいえかつての帝が名付けたひと際高く美しい青龍峰を除く後の二つは、のちの民だが僧だかが便宜上龍と比べてそう呼んでいるだけのとるに足らぬ山に過ぎない。
だから一番低い蝮山などは気合いの入った修験者たちに言わせれば、ただの上り坂と下り坂である。
故に彼女の大仰な手甲脚絆鈴懸姿も、首に下げたものものしい数珠も単なるファッション。
この人の場合は何事も形から入るタイプであった。
現に登山道などという御大層なものでなく、単なる上り坂の中腹にあって、すでに彼女の膝は笑い始めている。
それでも彼女はなぜかしゃべり続けていた。
語り続けていた。

彼女「釈尊は婆羅門の聖地にて難行苦行の果てに悟りを開いたんです。かの苦しみに比べれば山登りなど何ほどの事がありましょう」

一生使っても消化しきれないほど日々飲み喰らうように読み漁る異国の文化や仏の教えを何一つ咀嚼せずにただ漫然と吐き出すような真似だけが、なぜなら軽薄な己を武装し包み隠す方法だったからだ。
彼女自身はそのことに未だ気づいていない。

彼女「ふふっ。堅苦しい話ばかりだと、より疲れが増しますわよね」

文章博士菅原石嗣(いしつぐ)郎女、名は慧子(さとこ)
齢二十の、ある春の日より物語ははじまる。

慧子「ではこんな話は如何?」

慧子、椿の花がぽつぽつと落ちているゆるやかな山道で淡々と前を歩く鈴懸脚絆の公達、紀広澄に甘ったるい声をかける。

慧子「これは誰にも話したことがないのですが、広澄様は特別です」
広澄「どんな話だ?」
慧子「……あまり興味はないでしょう」
広澄「左様なことはないが」
慧子「その『が』が気になるんです。もういいです。どうせおなごの話など殿方の教養には遠く及ばぬと思っているのでしょう」
広澄「俺がさような古き男と思っているのか?」
慧子「……」
広澄「聞かせてくれ」
慧子「本当?」
広澄「本当」
慧子「ではおんぶ」
広澄「おんぶ?」
慧子「広澄様の背中で話してさしあげますわ」

慧子、広澄にしなだれかかる。
と、慧子の召使い卑奴呼(ひぬこ)がいくつもの椿の花を懐に入れ、獣道を駆け下りてくる。
もちろん鈴懸などといった重装備ではなく袍袴のまま、しかしこちらは庭を駆けるように楽々と木の根の道を踏み越えている。

卑奴子「姫! 大丈夫でーす! 問題ないでーす!」

慧子、慌てて離れ、毅然とした口調に戻り。

慧子「な、何ですかみっともない大声で」
卑奴呼「すみまっせん」
慧子「卑奴呼。女子たるものいかに人里離れた山野とてみだりに我を忘れてはなりません」
卑奴呼「はい」
慧子「椿、ですか」
卑奴呼「へへ。きれいでしょ」
慧子「みだりに花を摘むものではありません。花とて懸命に生きているのですよ」
卑奴呼「すみまっせん」
慧子「川は見つかりましたか?」
卑奴呼「はい。この上に小川、てか小滝が」
広澄「なんだコタキって?」
慧子「無教養な従者ですみません」
卑奴呼「すみまっせん」
慧子「参りましょう広澄卿」

広澄、慧子の前でしゃがみこむ。

慧子「なんですの?」
広澄「背負うてほしいのではないのか」

慧子、卑奴呼の視線を意識して。

慧子「おほほほ。戯れ言を真に受けないで下さい」
広澄「戯れ言だったのか」
慧子「当然です。他の姫君と一緒にしないで頂けますか。私は王権開闢以来の女大学者を目指す者。殿方の力など借りずともかような低き山など登り切ってご覧にいれますわ。さあさ二人共! 置いていきますわよ!」

慧子、ずんずんと登り始める。

広澄「その花、落ちているものを拾っただけだろう」
卑奴呼「はい」
広澄「そなたも色々大変だな」
卑奴呼「とんでもない。毎日楽しいですよ」

卑奴呼、懐から椿を一つ取り出し、木の洞に指す。

広澄「ふむ。確かにそうやれば帰り道迷わずに済む。穢人(ケガレビト)の知恵も馬鹿にはできぬものだ」
卑奴呼「知恵なんて呼べるものじゃないです。なんだか可愛いから。それだけです」
広澄「ああ。可愛い」

広澄、卑奴呼の手を握る。
卑奴呼、そっとその手を放して慧子の後を追う。

○同・中腹
野原と化し開けている場所で、ひっくり返っている慧子。
現代での歴女というか仏教オタクというか、はっきりと言えば、腐女子たる彼女にとって運動全般は天敵中の天敵であった。
もっとも先々の話だが、わずかな期間で慧子はその敵を克服する事となる。
書を傍らに山河を駆け巡る元気ッ子腐女子となる運命を自身はまだ夢想だにしていない。

広澄「だ、大丈夫なのか?」
慧子「何の問題もありませんことよ……こうして足を止めて鳥の声、風の声、花の声に耳を傾けているだけです」
広澄「足を止めるどころか倒れ込んでいるではないか」
慧子「土の声もついでに聞いてるんです!」
広澄「ゆっくり休め。卑奴呼が椿の花で目印をつけておるから迷う事はあるまい」
慧子「なるほど。穢人ならではの生活の知恵ですわね」
広澄「ああ。可愛い知恵だ」
慧子「……(ムッとなる)」

慧子ふらふらと立ち上がるとその辺の小さな花をむしって木の洞にグイグイ詰め込む。

広澄「花の声が悲鳴をあげているのではないか」
慧子「卑奴呼がぼーっとしてこの辺りの目印をつけ忘れてるからですわ!」
広澄「分かった分かった。で、さっきの話とは何だ」
慧子「え?」
広澄「俺にだけ話してくれるんじゃないのか」

広澄、慧子の肩を抱く。
慧子、速攻で機嫌が直る。

慧子「これって私がよく見る夢の話なんですけど」
広澄「夢か……」
慧子「はいはい。確かに分かりますわ。人が見た夢の話ほどつまらないものはないですからね。どう反応していいか分からないものですからね。でも、私の夢は違いますわよ。期待してよろしくてよ」

○慧子の夢・どこかの洞窟
暗闇の中。白骨化し、ばらばらに散乱した骸が仄かに光っている。

慧子「どこかの洞窟の中で骨になった骸がひとつ。でも、全然怖くないの。骨は仄かに光ってて。その光は優しくて、悲しくて、音のない暗闇を静かに照らし続けているの」

薄絹の慧子が骨を見下ろし、何かを呟く。

慧子「私は彼の人の名を呼ぶの。朝起きたら忘れてしまってるけど、その時ははっきり彼の人の名を呼ぶの。そしたら……」

骨は光を増し、やがて逞しい男の肉体を形作る。
男の顔は白く光って見えない。
美しい青年のように映るのはあくまで慧子の願望か。

慧子「寒い。寒い。彼の人は確かに私にそう訴えてきてる。だから私は」

慧子、薄絹を青年にかけ、そしてその逞しい体を抱く。

○蝮山・中腹
慧子、顔を覆ってのたうち回る。

慧子「ぎゃーっ! これ以上は言えなーい!」
広澄「……卑奴呼のやつ、どこまで水汲みに行ってるんだ」
慧子「嫌ですわ。ただの夢ですわよ。夢の話」
広澄「少し見てくる」
慧子「妬いてるんですか? 広澄様」
広澄「ここは猪も多く出るからな」
慧子「それは危険ですわね」
広澄「ああ、心配だ。そこで待っていてくれ」
慧子「……」

広澄、小刀を携え、森に入ってゆく。
慧子、素の自分に戻る。

慧子「あー疲れたなあ。私も猪、怖いなあ」

春風が「あっそ」と吹きすさぶ。
慧子、頭に巻き込んで蔓としていた布をほどくと、長い髪を風にそよがせてみる。

慧子「……何やってんだろ」

慧子の眼前、木々の間から都が見える。
聖獣の宿る山に三方を囲まれた広大な寧楽の盆地。
そこに碁盤目に街路の張り巡らされた、青と朱の瓦の巨大都市が忽然と姿を現している。
原野田畑に顕現せし、うたかたの都。
その名も四神京という。
まあ、それはそれとして……

慧子「マジ何やってんだろ。私」

(つづく)

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