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四神京詞華集外伝/栗栖摩利支乃法師の選択(前編)

栗栖摩利支乃法師の話をしよう。

【おはなし、その1】
栗栖摩利支乃法師、略して栗栖摩法師は耶蘇教の導師らしい。
耶蘇教とは大唐帝国から絹の道を通って更に西、かの天竺國よりもまだまだ向こうにあるこの世の果ての蛮族が信奉する邪宗門らしい。
その、らしいらしいに包まれた得体の知れない輩が何故四神京に登場するかと言えばこの都がわりと国際都市だからである。
後々現れるかどうかは分からないが唐モロコシの人はもとより、波斯なる蛮国からやってきた実に彫りの深い顔をした紅毛の者なども寧楽の地に住んでいるとかいないとか。
もちろん仏道による繁栄をひたすら目指す四神京にとって耶蘇の教えなど、オ○○真○教どころかパ○ウェー○研究所くらい人々の実生活とかけ離れた所に位置する、邪宗とも認識されない、カルト、いやオタク同好会程度のささやかなムーブメントに過ぎなかった。
そんな珍奇な宗教が一時、そうドリキャスとか湯川専務くらい一時、衆目を集める出来事があった。
とある年の、十二番目の月の二十四番目の日。
なんて、ちょっと和風ファンタジーらしい雰囲気を出してみる。
(旧暦と新暦の関係はこの際大目に見てほしい)
その雪の夜、白虎街に栗栖摩法師は現れた。
赤い頭巾と赤い法衣に身を包んだ白鬚の僧。
相貌ははっきりと見てとれないが相当な老僧と思われる彼は
「ああめんつけめんぼくいけめん」
と謎の呪文を詠唱しながら十文字にあつらえた杖を振って往来をねり歩き、やがて白虎堀河の河川敷で貧民窟の童共に唐菓子を配り始めた。
そしてもれなく全員洟を垂らしている彼らの一人一人に、
「うまいか? そのうまさをわすれるでないぞ。そしてじつにうまかった、しあわせであった、とおてんとうさまにてをあわせなさい」
そう優し気な声色でゆっくりと懇切丁寧に諭すと
「ああめんつけめんぼくいけめん」
を唱えながら夜の闇に消えて行った。
翌年の同じ日、再び法師は白虎街に現れた。
そして同じように河川敷で童どもに唐菓子を配る。
菓子は心なしか小さくなっているように見えた。
法師は今年も童たちに説法を説いた。
「上手いか。そうか。では何故この上手さを忘れるんだい? どうしてその幸せな気持ちを忘れるんだい? あとお前とお前、お天道様に手を合わせてないだろう。そこの君、手を合わせるのはいいがもっと大きな声でね。大人にしっかり伝わるようにね。本当にあれだよ。ちゃんと見てるからね、私」
今年はちょっと強い口調で、しかも結構早口である。
あと思わぬ監視(ストーキング)宣言も飛び出し幾分恐怖を感じ始める童達であったが、PTAも民生委員もいない白虎街においては子供の不安を払ってあげる大人の存在などそうそう見当たらない。
「ああめんつけめんぼくいけめん」
栗栖摩法師は再びそう唱えながら闇に消える。
そこはかとない安堵感にホッと胸を撫で下ろす童たち。
だが恐怖は継続する!
赤い影は再び猛然と踵を返して舞い戻ってくると
「だからそういう所だよ君達! この呪文かなり覚え易いと思うんだよね! 普通さあ、真似するよね、子供なんだから! わーいわーいとか言いながらさあ! 何人か後ついてきてもいいよね! 流行ってそういう所から始まってくんだよね! お菓子食べたでしょ! だったらわかるでしょ! はい! ああめんつけめんぼくいけめん! 一回で覚えよう! はい!」
「ああめん……つけめん……ぼくいけめん……」
震える声でレスポンスする子供達。
小さな女の子なんて完全に泣いている。
何故お菓子ひとつでここまで恫喝されなければならないのか?
不条理慣れしているはずの貧民窟の子たちをして、この意味不明な状況には全く心の整理がつかなかった。
十二番目の月の二十四番目の日。
寒空の下、穢人の子やみなしごを捕まえては無理やり菓子を食わせ必要以上に感謝を強要する謎の老人。
たとえるならばそう、妖怪。
冬至に現れる邪宗のガーゴイル。
その噂は次の一年の間に白虎街はもとより都中に広まった。

【おはなし、その2】
虫女尼様の下に耶蘇の門徒が訪ねてきた。
虫女尼様とは、まあ来年始まる新章から登場する結構な主要人物だがテンポアップのためにここでは色々割愛して今は白虎街の悲田院、その尼僧という事だけ知っておいて頂ければ構わない。
補足として、なかなかに匂いたつアラフィフ美熟女という情報などもご承知置き頂ければ今後楽しく物語を読み進める一助となるかも知れませんね。
僧というよりほぼほぼ乞食に近い身なりと生活をしている耶蘇門徒はしかし純朴純粋なあたたかい眼差しで虫女尼に乞い願う。
 
耶蘇門徒1「今年も聖夜が近づいて参りました」
虫女尼「聖夜とは?」
耶蘇門徒2「我が主、神の子ィヤソ様が人々の罪を背負い命を賭して苦しみを受け、しかる後に甦り、天上へと昇った日です」
虫女尼「左様ですか」
耶蘇門徒3「しかれども、一昨年より我らが門徒を騙り聖なる日を穢す者がこの都の貧民窟に現れると聞き及びました」
虫女尼「栗栖摩利支乃法師ですね」
耶蘇門徒1「貧民窟の良心、悲田院の聖母、まさにわれらがィヤソの母にも通じる虫女尼様にお頼みするは大変心苦しく存じますが」
虫女尼「構いませぬ。白虎街を乱す全ての者は我が仇。されど私は、マリアなどではありませぬよ」
 
と、虫女尼の後ろに屈強な非人放免どもが姿を現す。
穏やかな尼僧の背を守るかのような彼らは、天部や明王に例えるには余りにも禍々しく殺気立っていた。
耶蘇の門徒達は一瞬にして流れる空気の変化を感じ身を強張らせる。
白虎街はハライソであり、同時にインヘルノでもある。
微笑む虫女尼の眼差しは既にコーキュートスの氷の如くであった。

(後編につづく)

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