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竹の光る場所

今は昔。竹取翁というものありけり。野山に混じりて竹を取りつつ萬のことに使いけり。

なを讃岐のみやつことなんいいける。

以下略。

これはあの竹取物語の文頭であるが、こんな話が昔から存在しているわけである。なぜこの竹取物語の一節を書いたかというと、見つけてしまったのだ。

光る竹を。

あの物語ではおじいさんが山へ行った時にたまたまその光る竹を見つけたそうだが、私の場合は通勤途中だった。私の職場は家から少し離れていて、大きな山を越えた先にある。車で山を下っている時、右手に見える竹藪からなんとなく光が見えた気がした。きっと普段なら気のせいだなんだとそのまま見逃し、仕事から帰る頃には綺麗さっぱり忘れてしまっているのだろうが、何故か私はその光のことをしっかり記憶していて、仕事終わりにその山の近くに車を停めて竹林の中に入ってみた。

まだ微かに光が見えていて、その光は奥に踏み入れていくごとに光は強くなっていった。もしかしたら気のせいかもしれない、と来る前はうっすらそんなことも思っていたのだが、もうそんなことは言えないほどに光は強くなっていた。光の主は太く立派な竹で、煌々と光っている、まさにあの「かぐや姫」の光る竹だった。あの話の通りなら自分がその竹を切って赤ん坊を取り出すのだが、今思えばこの山は誰かの私有地かもしれないとふと思った。ここまで入ってきたのも問題であるし、ここで竹なんか切ろうものなら、何か訴えられるのではないか。思えば、今は昔に比べると色々しがらみがある世の中になったのかもしれない。もっとも、昔のことはよく知らないけれど。

とにかく、困った。どうしよう。

光る竹が目の前にあるのに、どうすることもできない。とりあえず竹の光っている部分にドアをノックするように数回軽く叩いてみた。

返事はない。

今度は軽く揺すってみた。すると中からガタン、と音がし、その後ぶおん、とエンジン音か何かの音が聞こえた。そのままその竹を見ていると、ぎりぎりぎり、と音がして竹が内側から切れていく。パキパキ、と音を立てながら竹が倒れ、その中にいたのは小さな赤ん坊…ではなく小型のUFOに乗った生命体だった。ふわりと浮いて、私の目の前で静止した。竹から出てきたくらいだからかなり小ぶりで、お椀を逆さにしたような、まさに古典的なUFOの形の乗り物だ。上部は透明で中の様子が見え、中にはわたしたちとあまり変わらない生物が乗っていた。しかし黒目が大きく、顔はどちらかというとヒトよりは猿に近い。中に乗っている彼はあたりを見渡し、私を見つけると、冗談かというほど目を見開き口を開け、尋常ではないほど驚いたリアクションを取った。少しの間、こう着状態が続いた。するとそのUFOの下部から紫のような光が私に向けて浴びせられ、私は気を失わ…なかった。そうなる前に私が目を瞑ったからだ。

『ちょっと、目を瞑らないでください』

声が頭の中で響いた。声は男性寄りだったが、男性にしては少々高いように思えた。あ、これは「脳内に直接語りかけているやつ」だ、と私は少し興奮した。

『はい、こっち見て』

私は言われた通りにUFOの方を見た。

『はい、そうそう、そのままじっとこっちを見ていてくださいね』

「なんでですか」

『なんでですか?』

おうむ返しで私の質問が返ってきた。多分こちらから質問されるとは想定していなかったようだ。

『……あなたの記憶を消すからです』

「その前にちょっとお話ししませんか」

『駄目です』

「じゃあ帰ります、さようなら」

私は踵を返して歩き出した。


『ちょちょちょ、ちょっと!ちょっと!』

焦った声が、私の脳内に響き渡った。UFOが私の目の前に回り込んできた。

『ちょっと待って、恐ろしいですね。なんでこんな見たこともないだろう者に対してそんな強気に攻められるかな。見たことない、怖い、とか、反抗的な態度を取ったら殺されるかも、とか考えたりしない?』

「え、殺すんですか?」


『いや殺さないけどさ…』

向こうの困った声が聞こえてくる。

『分かった。じゃあちょっと話をしよう。少しだけね』

「ありがとうございます。あなたは何者なんですか?」

『君らでいうところの宇宙人だよ』

『さっき僕に何をしようとしていたんですか』

『さっきも言った通りだよ。光を当てて記憶を飛ばそうとしてた。ただ、正確にいうと少し違って、今起きているこの出来事を、君なりに辻褄を合わせて記憶を改竄させるんだ。うん、どういうことか分からないって顔しているな。そうだな、この光に当たった後に、君がここで見た光の原因が何だったか思い出そうとすると、例えば、この近くに懐中電灯が落ちていたからとか、鏡が落ちていて反射していただけだったとか。そんな風に自分の納得できる理由を自身で探してそれに無理やり当てはめさせるんだ。今は文明も発展して、理由もたくさん作れるんだけど、昔は大変だったんだよ。かなり前になるんだが、私と同じように人間に見つかってしまって光を浴びせた先輩がいて、その時代は懐中電灯だとかそんな強い光を出せるようなものがなかったからさ、その人は竹から子供が出てきたって理由を作り上げてしまってね…。たまたまその近くに捨て子がいて拾ってきたから、それを結びつけてしまったんだろう。周囲の人は全く信じていなかったがね。それに目をつけた人が、それをモチーフにした話を作ったって聞いたな』

それは竹取物語じゃないか?驚いた。竹取物語のルーツがここから来ていたとは。というかそもそも、

「そんなに昔からここに来ていたんですか」

『昔っていうのがどのくらいの期間を指すのか知らないが、君ら人類が社会を形成する頃にはもういたよ』

「宇宙人って、いないものだと思っていました」

そう言うと彼は少し笑った。

『そりゃあいるよ。そして君が思っているよりもこの星に宇宙人は多いよ』

「じゃあなんで返事をしてこないんですか。政府とか、宇宙人に向けてメッセージ送ったりしてますよね」

『面倒だからだよ。だってずっと近くで君らを見ているんだ。今更君たちについて新しく知ることなんてないし、自分達の情報は開示したくない。つまり返事するメリットがこちらに全くないのさ。君らは自分達のことを高等生物だと言っているが、まずはその固定概念から抜け出さないといけないね。あくまで高等生物なのはこの星に限った話であって、外を見れば君らはとても高等だとは言い切れない』

「宇宙人て、攻めてこないんですか」

また、彼が少し笑った。

『それを考えるのはこの星にいる人だけだ。そもそも侵略とかそんなことを考えることこそ下等生物の考えだよ。私たちが攻め込む理由がないんだから。我々は衣食住全て不自由ない生活を送っているからね。まぁ、君ら人類が滅亡してしまえば話は別だけど」

「あの、宇宙人が地球上に沢山いるんだったら、行方不明だったり未解決の事件って、あなたたちが絡んでいたりするんでしょうか」

『いや、それは違うな。事件の99%以上が人間や自然界の法則によって起こったものだ。100%と言い切らなかったのは、自分とはまた別の宇宙人がやった可能性が捨てきれないからだ。でもね、それはほとんどないことだと思う。君らが思っているよりも自然界っているのは不思議なものだし、人間はどこまでも残酷になれるんだよ。それは見ていて純粋にすごいと思ったけどね』

「何だか褒められている気がしないんですけど」

『褒めてはないからね』

『ところで、竹の中で何やっていたんですか』

「本部に報告をしてただけ。それが終わってちょっと休憩していたんだけれど、ライトの消し忘れっていうケアレスミスをしてしまってね…』

「うっかりじゃないですか」

『そう。うっかりなんだよ。だからこうして記憶を無くして欲しいって言っているんだ。ここで私たちの存在が明かされるわけにもいかないし』

自分も日常でケアレスミスが多いので、何だか同情してしまった。

「分かりました。この記憶がなくなるのは惜しいですけれど受け入れましょう」

「理解があって助かるよ。じゃあ、この光を見て」

白い光が私の目の前を包み込み、気づくと自分の車の中にいた。その車も竹林の前ではなく、家の前の駐車場だった。ここまでどうやって帰ってきたかは全く記憶になかったが、あの宇宙人と話した記憶ははっきりとあった。あの機械の不具合だったのかとも思ったが、そもそもこの記憶自体が改竄されているという可能性も捨てきれない。この記憶は鮮明に残っているのに、これが正しいと証明が全くできないのは、記憶っていうのはなんと曖昧なものだろうと思った。このことを誰に言っても信じはしないだろうから、自分だけの「思い出」として残しておこうと思った。

私は車を出て、思い切り伸びをした。空を見るともう夕暮れだった。どこかでカラスが鳴いた。

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