老いを恐れる美女

絶世の美女がいた。名前は黎華という。
黎華は中学生の時に街でスカウトされ、そこから女優として働き始めた。
デビュー当時から、周囲とは一線を画すほどの美貌で注目を集め、人気はとどまるところを知らず、世界でも注目され始めていた。
この仕事は黎華にとって楽しかったし、このままこの仕事を続けていくのだろう、と思っている。
そんな黎華も、今年で27になる。
まだまだ女優としては若く、丁度働き盛りの年齢であるが彼女には1つ悩みがあった。
「老い」である。
彼女がどれだけ稼ごうと、周りから称賛を浴びようと、時の流れだけは止めることができない。彼女は、自身の美貌を失うことが何より怖かったのだ。
彼女のその恐怖心は年々強くなっていった。
願わくは、不老不死。
そこまでは望まないから、せめてこの美貌を保ちたい。できないなら、死んでもいい。この美貌を保ったまま死にたい。このことは、周りの人には何度も相談していた。S N Sでもこの不安のことは何度も発信しており、ネットやニュースなどで情報は必死に集めていた。
そこで紹介されていた美容、食事、運動など、自分にできることは全て取り入れた。
それでも、完全に同じものが保てるわけではない。
人間の細胞が最も活性化しているのは中学生くらいの頃だと言っていたのを聞き、黎華は愕然とした。
「歳を取るのは、そこまで悪いことじゃないよ、歳を取ったらとったなりの美しさがあるのよ」
そう言ってくれたベテランの女優もいたが、彼女はどうしても信じられなかった。
それは一種の諦めではないだろうか。自分の変化、衰えを認め、妥協することで自分を誤魔化しているのではないか?歳を取るにつれ、肌にもハリが無くなってくる。シワも増える。
日々のケアを欠かさず行っているため、一般の人と比べれば段違いに若々しく綺麗ではあるのだが、その中でも自分の体が変化していることに黎華は我慢できなかった。
黎華は、自分の体の変化が死にたくなるほど嫌だった。今までの、好きだった自分がなくなってしまうとすら思った。
整形も考えたが、今の自分の完璧な顔を弄りたいとは思わなかった。今の顔で完璧なのに、この顔にメスを入れるのは違う、と思ったのだ。成長が止まる薬でもあればいいのに。そう思いさえした。
名の知れた医者をいくら訪ねても、結局は苦笑いされて終わりだった。
黎華に投げられる言葉はいつも同じようなものだった。今の医療技術では不可能です。不老不死は人間の最大の望みの1つといっても過言ではないのに、いまだにその技術について何も情報がないということは、もう不可能なのかもしれないですね、と。


そんなある日、マネージャーに声をかけられた。
「ごめん、今、今の美貌を永遠に保つことができる方法を知っているって人が、黎華に会いたいって来てるんだけど、どうしよう?医者だとは自分で言ってるんだけど」
「冷やかしとかならダメだよ」
そう黎華は答えたが、
「それが、黎華さんに会いたいからとかそんな冷やかしじゃなさそうなんです。自分で医者を名乗っていることもあって、自信がありげなんですよ」
黎華は少し考えたが、
「…じゃあ、ちょっと呼んできてくれる?」
分かりました、と言ってマネージャーは出て行った。
暫くするとコツコツと足音が聞こえ、ドアが開いた。
「はじめまして」
そう言って現れたのは、長身細身の、恐らく30歳半ばほどの男性だった。
スーツをパリッと着こなし、できる男性、という雰囲気を醸し出していた。
「まずは自己紹介を。私はマツダと言います。怪しいものじゃありません。れっきとした医者で、ちゃんと働いています。」
そう言って彼は医師免許証を渡した。
確かに名前には「松田 邦康」と書かれており、なるほど確かに彼の言っていることは本当だろうと納得した。
それを返すと、
「信用してもらったところで本題なのですが、私はあなたの望む、老化を防ぐ方法を実践できます。その方法を持っているのです」
と彼が言った。
「それは素晴らしいことですけど、それはどんな?」
彼は笑い、
「それは企業秘密ですよ。ここで簡単に教えるわけにはいきませんよ。まぁ、それほど大それたものじゃありませんが」
黎華は訝しげな顔をし、
「ここでは言えないようなもの、ということですか」
と言った。
「そういう意味じゃありません。行く先々で教えてしまっていては、私の商売が上がったりじゃないですか。黙秘権てのもあるんですから」
彼はコホン、と軽く咳払いをし、
「実は私、あなたの大ファンでして。あなたの美貌、美しさには私もどうにか維持させたいと常日頃から思っていたのです」
と彼は言った。その態度は堂々たるもので、説得力が感じられた。
「あなたのその美しさは誰にも真似できない、あなただけの天性のものだ」
本当ですか、と黎華の目が輝いた。
「ですから、あなたがご自身の姿に、そこまで執着してしまう気持ちも分かりますよ。私があなたでも同じように、自分の老化というのを恐れてしまっていたでしょう。いや、もしくは発狂していたかも知れない」
そうでしょう、と黎華は満足そうに頷いた。
「ですから、あなたはこの美貌を維持する必要があるのです。それはあなたしか持つことのできない義務でもあるとも私は思います。私はそのお手伝いをしたい。助けになりたい。この私の思いに賛同していただけますか」
マネージャーはやめといた方がいいんじゃないかと彼女に耳打ちしたが、黎華の耳には全く届いていないようだった。
「大丈夫。この人は私の考えていることを理解していると思う」
黎華がそう言うと彼は、
「良かった。では、善は急げと言いますから、この後私と一緒に来ていただけますか」
「ねぇ、やっぱり少し時間をかけて考えてみた方がいいんじゃない?」
そうマネージャーは再度、黎華に考え直すよう促したが、彼女はそれを拒んだ。
「その考える時間すらも私には惜しいの。折角私の望みが叶いそうなのに、みすみすこのチャンスを逃してもいいと思う?」
彼は笑みを浮かべていた。
「もう、彼女の中では結論は出ているようです。すいませんが、ご容赦ください」
そう言ってマツダと黎華はマネージャーを残し、その部屋を後にした。


「私の車がありますから、乗ってください」
マツダにそう言われ黎華は車に乗り込んだ。彼は少し興奮気味に
「もう、私は、あなたの美貌の助けになると考えただけで胸がいっぱいです。本当に今興奮しています」
と嬉しそうに話した。車に乗ってからそこまで時間はかからなかった。高速道路を利用したものの、そこまで遠くもない印象だった。
「すいません、普段はもったいないので一般道を利用するんですが、今日は時間が惜しくて高速道路を使ってしまいました」
そうマツダは黎華に言い、ますます、黎華は嬉しくなってしまった。
ここまで、自分の美しさに真剣に考えてくれた人がいただろうか?
誰でも好きだというのは簡単だ。その中で、その人のために行動に移す人はどのくらいの割合だろう。きっと、思っているより圧倒的に少ないと思う。
その中で、私のためにここまで行動してくれる人は彼しかいないのではないか。
「着きました。ではお入りください」
車を出ると、少し大きな研究所のような建物が立っていた。
周りには他に建物はなく、長閑な自然が広がっていた。
そのまま中に入ると、小さな部屋に案内され、目の前に契約書が置かれた。
「この契約書にサインしていただければと思います。このご時世、何かと制約が煩いものですから」
そうですよね、と言って黎華はペンを取り、サインをした。彼はそれを見て満足そうに微笑んで頷き、
「この部屋にお入りください。私は外で、指示を送りますから」
と言った。
言われるがまま、黎華はその部屋に入ったが、中は殺風景だった。
普通の部屋とは違い、窓も何もなく、少しばかりの圧迫感を感じた。
天井には大きな換気扇のようなものが設置してあった。
部屋の真ん中には、カプセル型のベッドがあった。
「では、はじめますね。そのベッドに座ってください。」
言われるがまま、黎華はそこに座り、指示を待った。
「そのベッドの枕元に、水と錠剤がありますね。それを飲んでください」
見ると
確かに小さな透明のボトルに透明の液体が入っており、その隣には病院でもらうような錠剤が3粒、封がされて置かれていた。
言われるがまま、黎華は指示の通りにボトルに入っていた液体と一緒に錠剤を飲みこんだ。
「それでは、そこに横になってください。そうすればそのベッドは自動で閉まりますから」
黎華が横になると、プシュー、という音と共にそのベッドが閉じられた。
「…ところで、知っていますか。老化の本質的な理由を」
カプセル内から、彼の声が聞こえた。どこかにスピーカーも付いているらしい。
「全ては酸化によるものなんです」
「酸化…?」
「全てはそうなのです。生物が老いるのも、鉄が錆びるのも、全ては酸素のせいなんです。ですからね、早い話が、酸素を無くしてあげればいいんですよ」
事情に気づいた黎華は、カプセルを開けようとしたが、まるでびくともせず、開く気配がない。
「大丈夫です、苦しくないようにしてあげますから…。」
呼吸が苦しくなってきた。それと同時に、だんだんと、体も動かなくなっている。意識が遠のく。これは、さっき飲んだ薬のせいかもしれない。また、彼の声が聞こえてきた。
「言ったでしょう?私はあなたの『美しさ』のファンなんですよ。大丈夫、心配ありません。私があなたを『永遠』にしてあげますから…」

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