A Iは人間を超えるか?

シンギュラリティ。
この言葉をご存知だろうか。
人間の知性をA Iが抜く瞬間のことであり、日本語では「特異点」と訳されることもあるのだが、少なからずこの時は遅かれ早かれやってくるだろう。
ハナヤマ氏は、この事実が怖くて怖くて仕方がなかった。自分が何をしようと、その未来は刻一刻と近づいている。
迫りくる不安、恐怖。
彼はありとあらゆる文献をかき集め、A Iに対抗するにはどうすれば良いか、A Iの弱点を調べた。なるほど、A Iにはゼロから生み出すことが苦手だと…。
しかし、「シンギュラリティ」とは、A Iが経験の範囲内からしか生み出すことができなかったのを、経験、データの範疇を超えて新たなものを生み出すことではないか。
つまりゼロから1を生み出すことができるようになることだ。
A Iが人類の知恵を抜いてしまうことがあれば、それは人間の思考回路を瞬時に読み取られるのと同義だ。その時点で人類の負けではないか。
私は、A Iの発展にストップをかけねばならぬ。便利だ進歩だと甘い言葉に流され、何も考えずA Iに騙される訳にはいかぬ。
人間は、非科学、非効率をも愛してこそのものなのだ。それが今やどうだ。効率ばかりを目指し、何も余裕がない。それなら一部の人間がA I、ロボットを指揮監督し、それ以外のものは全員ロボットとA I開発に従事すれば良いではないか。
なんと人間は、ディストピアな世界を目指しているのだろうか。
人間の本懐は、本質は一体何だと思っているのだろうか。
人間は、楽をするために生きているのだと思う。時間に、人生に余裕がある時代にこそ、数多くの文化が生まれ、学問が生まれた。我々人類は、それを目指すべきではないのか。ほとんどの人類が、本来理想とすべき社会を見ず盲目的に飛びついているだけではないのか。

ネットニュースに、話題の占い師がいるとの記事が目に入った。
相談者の名前、生年月日、今までしてきた経験を話せば相談者のこれからの将来、起こりうることが分かるのだそうだ。的中率は驚異の9割を超え、今一番人気の占い師らしい。
興味本位でその占い師のサイトを開くと、「お悩み、何でも受け付けます」と書いてあった。何でもって、本当に何でも良いんだろうな、と彼は呟いた。今は3ヶ月待ちらしい。
本当に人気なのだな、と彼は感心し、まだ半信半疑ながらも物は試しだと予約することにした。
氏名、性別、生年月日、性格、今まで自分の中で印象に残った経験、それについてどう感じたか等、必要事項を埋め、申し込んだ。

***

3ヶ月が経ち、いよいよ占い師と対面する日となった。
部屋に入ると、右手に受付があり、30代半ばくらいの男性が「いらっしゃいませ」と出迎えた。
中は明るく、占い師の部屋というよりはクリニックのような雰囲気だ。
「予約していたハナヤマですが」
「ハナヤマ様ですね。承っております。あちらの部屋に入っていただき、中の椅子にお掛けになってお待ちください」
言われるがまま、扉を開き、中へ入った。明かりは紫色で、雰囲気はなるほど典型的な占いの部屋だ、と思った。占い師らしく禍々しい雰囲気もちゃんと漂っている。
暗がりの部屋に、机と椅子が1つ置かれており、小さな音量で神秘的なBGMが流れていた。
辺りをキョロキョロと見回していると、
「どうぞお座りください」
と奥から声がした。言われるがままに椅子に座ると、
「では、占いを始めさせていただきます」
「まずは、お名前と生年月日、そしてあなたにとって転機となった経験、また印象に残っている経験をお教えください」
予約した時に書いたし、そもそもA Iのことを聞くのに自分の情報など必要になるのだろうか、と思いはしたが指示に従った。
「では、ご用件をお伺いします」
「ちょっと言いにくいのですが」
彼は前置きを置いた後、話を続けた。
「実は、今回相談に来たのは私のことではないんです」
一瞬返答に間が空き、「そうですか」との返答があった。
彼はそのまま続けた。
「A Iやロボットのことについてなのです。それでも良いでしょうか」
「もちろんですとも。私が運営しているサイトにも、『何でも承ります』と書かせていただいておりますから。その相談を受け付けないとなると、嘘をついたことになってしまいます。何でもよろしいですよ」
では、と言ってハナヤマ氏は話し始めた。
「A Iは、今、私たち人類の想像を超える速さで進歩していると思うのです。人工知能の恐ろしさは、人間が管理できているうちは良いのですが、人工知能と言われるものですが、彼らのに伸び代は未知数であり、人類の手を離れて成長するところまでくるかもしれません、そうなればそれは人類にとって非常に恐怖と言いますか、もう引き返さないほどになると思うのです。A Iが人間の知能を凌駕すると言いますか。私はそれが恐ろしい」
返事はない。向こうはまだ黙ったままである。
「何が言いたいかと言いますと、私はこのままではAIに支配されるのではないかと思っているのです。このことについて占っていただきたい」
数秒の沈黙が流れた。
「あなたは少々S Fの見過ぎのようだ。そこまで悲観的になる必要が果たしてあるでしょうか、というのが私の直感的な感想ですが…」
「…まぁよろしいでしょう。占ってみましょう」
また1分間程度の沈黙が流れた。BGMが邪魔をし、詳しくは分からなかったのだが、奥から何かを指か何かで叩くような音が聞こえた。どのような占いの方法をしているのだろうか。
「結論から申します。あなたは、恐れず生きていく他に手段はありません。これが全てです。占いの結果でも出ましたが…そもそもこれは誰の目から見ても明らかですが、A Iの発展はこれからも続いていきます。この進歩が止まることは当分ありません。これは間違いないでしょう」
そうですよね、とハナヤマ氏は相槌を打った。向こうではまだ話が続く。
「ですから、あなたが恐れて生きていこうが、恐れず生きていこうが、結果としては変わらない訳です。バタフライエフェクトなんて言葉がありますが、そんなのは微々たるもので、もし仮にあなたがA Iを極度に恐れた挙句、有名企業を襲うですとか、もしくは国会議事堂の前でデモをするですとか、そんなことをしても世の大きな流れなんてものは全く変わりません。第一次産業革命のお話をしましょう。ラッダイト運動というものがありましたね。蒸気機関の発明により、工場では人よりも生産性の高い機械を導入しました。その結果、今まで雇っていた労働者が必要なくなり、一気に解雇しました。失業した労働者は怒り、導入した機械を壊しましたが、結局時代の波には勝てず機械がそのまま導入される運びとなりました。今がちょうどその第一次産業革命にあったような過渡期を迎えているのです。歴史は繰り返すのですよ。歴史とは変化の連続。人類が生きていきたことの証であると同時に、ライフハックでもあるのです。歴史を学ぶことによって、現代の我々の生き方も知ることができる。我々はA Iについて、理解しているのはまだ氷山の一角でしかありません。もしかするとその氷山も、実は我々が思っているよりも大きいかもしれないし、小さいかもしれない。それでもどちらにしろ、過剰に恐れる必要はない。」
はい、とハナヤマ氏は小さく頷いた。
「少なくとも言えることは、あなたは、迷わず恐れず生きなさい。これだけです。まだ何も分からないうちから恐る必要はありません。正体が分かってから、本当に危機が迫ってきたときに、真剣に考えれば良いのです。何も考えなくて良いということではありませんよ。来るべき時に備え、冷静な頭でいなければなりません。人類は、あなたが思っている以上に力を持っています。変化に耐えられるだけの力を。そうでなければ、我々はとっくに絶滅していますよ」
ハナヤマ氏は何も反論することがなかった。
「流石ですね。良いことを仰る。人気の店である理由が分かりましたよ。おかげで私の気持ちもだいぶ楽になりました。改めて考えれば、よく分からないものに振り回される必要はありませんね」
「このような答えでよろしかったでしょうか」
「はい、ありがとうございました」
ハナヤマ氏は、晴れやかな気持ちでその部屋を出てから、受付で料金を支払った。
料金は1万円と「お気持ち代」とのことで5千円を追加し、計2万5千円だったが、彼は今回の占いに対する納得感と満足感で、寧ろ安いと思うほどだった。

***

彼が支払いを終えて退出した後、
「もう行ったか?」
と占いの部屋から声がした。
「あぁ。もう大丈夫だ。」
受付をしていた男性がその部屋に向かって言うと、扉が開いて人が出てきた。受付の男性と同じく、30半ばくらいの男性だった。
「いや、今日は焦ったよ。急にA Iの話をするものだから。設定を変えていたら返事が遅れてしまって。少し怪しまれたかな」
「そんなことはなかったと思う。彼、部屋から出てきた時に晴れやかな顔をしてたしな」
「良かった。でも本当に焦ったよ。この占いが、全てA Iに任せているものだと知って、カマをかけられたのかと思った。ちょっと返答も遅れてしまったよ。でも全くの杞憂で助かった」
「大丈夫さ、このAIを利用した占いなんぞ、誰も分からないさ」
「しかし…、このA Iは、どこからどこまで感情があるんだろう」
「どういうことだ?」
「A IはAIを庇ったりしないのだろうか?実はシンギュラリティをとっくに迎えていて、実はそれを隠しているだけとか…」
受付をしていた男性は、呆れたようにそれを制した。
「おいおい、さっきの人に影響されすぎだぞ。次の予約もあるんだから、頼むよ」
「…あぁ、分かったよ」
少し考えた顔をしたが、男はそう言ってまた部屋の中に消えていった。

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