不自由な世界解放会議

超時空城では、不自由な世界から逃れてきた体験者たちが「不自由な世界解放会議」に参加して話をしていた。

不自由な世界の何が問題なのか? どうしたら不自由でなくなるのか?

そんなテーマであった。

超時空城の面々の中には、不自由な世界をまだ体験していない意識体たちもかなりいたので、不自由な世界を体験し、逃げてきた体験者たちの体験談は非常に参考になるらしい。

超時空城の面々たちは、体験共有能力なるものを持っていて、逃亡者たちが体験したいろいろな体験の記憶を共有することができたのだ。

逃亡者たちの体験の記憶は、思い出となっていて、当時の体験とは少し違っている場合もあったが、それでもおおよそのことはわかるらしい。

中には、実際の当時の体験とは相当に違う思い出に変えてしまっていて、実際の体験よりも良い思い出にしていたり、悪い思い出にしていたりしている場合もあった。

しかし、そうしたことは超時空城では大きな問題ではなかった。

大事なのは、事実よりも体験者自身がどのような体験を記憶しているかであって、それがどっきりカメラの体験であったとしても、どっきりカメラだと最後までわからなかったなら、その体験はその体験者にとっては実際のリアルな体験と同じ意味になると理解されていたからだ。

だから、空想上の映画や漫画や小説…などから得た体験であっても、リアルの体験と同じだとされていた。

そもそも、事実などというものは、存在していなかったのだ。

存在しているのは体験であって、事実ではなかった。

体験者が一人もいない世界には、事実など存在しなかった。

事実を事実だと認識できるのは、あくまでそこに体験者が存在しているからであり、リンゴを見てミカンだと本当に思えるのならばそこにあるのはミカンということになるらしい。

超時空城的には、そうした価値観を持っていた。

なぜなら超時空城にはいわゆる物質というものが存在していなかったからだ。

物質というものが存在していると思える体験は存在していたが、実際の物質なるものは存在していなかった。

超時空城は体験者と体験だけが存在する世界であり、物質世界の制限や各種の法則は存在していなかった。

不自由な世界群で事実と呼ばれている現象は、すべて体験者全体の一種の共同幻想でしかないと超時空城の面々は理解していた。

超時空城の面々は、次のように説明した。

「いいかい、君たちの中に目が見えない体験者が多数いた場合、君たちの99%が目が見えなくて、1%だけが目が見える状態なら、君たちの元いた不自由な世界では、たいてい事実は、その目が見えない者たちの体験していることが事実であるとされているんだよ。

そして1%の体験者たちを狂っている者だとか、あるいは超能力者だとか呼んで、その1%の体験者が体験していることは事実ではないのだとしてしまったりしているわけだよ。

そこにリンゴが置いてあって真っ赤で美しいと感じる体験があっても、目が見えない体験者は、そんなことありえない…そこにあるのは冷たくてすべすべている良いニオイがする丸い感じの物体だ……としか思えないのでそれが事実だと断定してしまう。

だから君たちの元いた不自由な世界群で事実や真実と呼ばれていることは、ただの共同幻想だってことになる。

ここでは、事実や真実は、体験者の数だけあると理解されているんだよ。

各々の体験者にとっての事実や真実……という理解をしているんだよ。

であれば、何を事実にし真実とするのかは、それぞれの体験者が自分の意志だけで自由に選べることになる。

ここでは体験感受能力の程度や感受性や欲望や気分や感情……なども自由に選べるから、そういうことになるわけだよ。

君たちの不自由な世界でも、自分の気分や欲望を変えてしまうようなお薬などがあっただろう?
物質世界には存在していない幻想的な体験ができてしまうお薬などもあったはずだよ。

まあ、そうしたお薬を皆に使われると、体験の牢獄に呪縛されているということを体験者たちが気づいてしまうから、多くの不自由な世界群の支配者たちは、そうしたお薬の使用を禁止していることがほとんどなんだけどね。

しかし、そうした体験の牢獄に体験者たちを入れてしまおうとする行為は、体験の自治権をはく奪する行為であって、本来、許されないことなんだよ。

だから君たちの不自由な世界の問題点といえば、まずは体験の牢獄に体験者たちを入れているという問題があるね」

などと長い説明をしてくれた。

また別の意識体は、

「そうだね、そもそも肉体と呼ばれている物質の着ぐるみは、体験強制装置みたいになっていて脱ぎたいと思っても簡単には脱げないようにしている点も問題だね。

ほら、生存本能とか呼ばれているアレは、そうした目的でプログラムされて組み込まれている代物だよ。

体験者たちを問答無用で拷問体験強制装置に入れて、入れられたらその装置から抜け出したくないと思うようにしてある悪質な装置になっているんだよ。

まあ、そう説明しても不自由な世界群の体験者たちは、そうだと思えないようにされているから、我々も心の準備ができている体験者にしかこうしたことは説明しないんだけどね。

タイムリミットが設定されていて必ず寿命で壊れてしまう拷問体験強制装置に何とかしていつまでもずっと入っていたい…と本気で思っている体験者たちを見ると悲しくなるんだけど、本人たちは大真面目だ……

そして新しくそうした装置に他の体験者たちを引き込んで嬉しそうにお祝いしているのはブラックジョークのように思うんだが、そんなことを言うと怒られるので、それもよっぽど心の準備がある体験者にしか言わないようにしているんだよ。

でも、まあ、人型の着ぐるみならまだ絶対に自分で脱げないわけでもないけど、家畜型の着ぐるみなどを着せられるともう自力では脱げないことがほとんどだからこれはもう放置できない問題だなと我々は思っているんだよ。

まあ、もっともそうした着ぐるみを着ることを楽しんでいる体験者もいるだろうけど、いつ拷問体験が発生してもおかしくない着ぐるみなんだから危険でしょうがないと我々は思っている。

しかも苦痛なくその着ぐるみを一時的にしろ、完全にしろ…脱ぐことができるお薬などがあっても、それも使えないようにしている点も問題だね。

というか本当は、そんなお薬みたいなものを使わないでも、自分の意志だけで、そう意志するだけでそうした危険な拷問体験強制装置みたいになってしまう着ぐるみは一切の苦しみなくいつでも自由に脱げるようにしておくべきなんだよ。

そんな危険な着ぐるみだというのに、自分で脱いだら無限地獄に入れるとか…大きなペナルティを与えるとか…脅している者たちもいるだろう?あれも大問題だね。

だから、我々は、そうした不自由な世界の支配管理者たちに、改善するように要請し続けているわけなんだよ」

などと説明する。

逃亡者たちは、すでに変身術や分身術や空想能力が高まっていたので、確かにそうだよな…うんうん……みたいな感じで相槌を打っている。

はじめの頃は、「あなたがた頭おかしいんですか?」などと言っていた元人型の体験者も今ではそうした話に激しく同意している。

さらに今度は、元人型の体験者が話はじめた。

「確かにそうですよね。多分僕たちは強制収容所みたいなところに生まれて、外の世界を一切教えてもらえていない状態だったんだなと今は思いますよ。

いろんな体験の牢獄をずらりと並べられていて、まあ、中には比較的ましな牢獄もあったりしたのかもしれませんが、そのすべての選択肢が体験の牢獄だった……という状態だったんだなと今にしては思います。

故意に飢餓感を与えられていて、目の前にどれを選んでも毒入りの多種多様な食事を並べられているのと同じ感じだったなと思います。

宗教というものがたくさんありましたが、どの宗教を選んでも体験の自治権を手に入れることができない状態だったなと思いますし、どの国に生まれても、移住しても完全な体験の自治権は手に入らない状態だったと思いますし、寝ている時も悪夢などを見せられたりしてもう寝ても覚めてもいろいろな望んでもない体験が強制され続けていたな…と今にすれば思います。

今思い出すと、自分の記憶能力とかも奪われたりしていましたし、気分や感情や思考すら操作されていたなと思いますし、本能や欲望も自分で自由に選べない状態だったなと思いますし、肉体や容姿も自由に選べなかったですし、老化するかどうかも自由に選べなかったですし、種族も自由に選べなかったですし、なんかめちゃくちゃでしたよね。今思えばですが…」

などと回想している。

「でも、ほら映画とか漫画とか小説とかゲームとか音楽とか…は、比較的自由に選んで楽しめたりしていたんじゃない?」

などと他の逃亡者が言い始めた。

「そうだね、確かに図書館とか通信システムでそうしたのはそこそこ自由に選んで楽しめたかもしれないねえ…でもそれもあれだよ、ここでいろいろ勉強してるからそう思うのかもしれないけど、音楽でもはじめて聴いた時の感動が得られなくされてしまったりもしていたなあと思うよ。

映画の感動も漫画の感動も小説の感動もゲームの感動も、自由に同じ感動体験を味わえないような体験操作みたいなことが不自由な世界ではなされていたと思うんだよ」

「あー、そうね、そういうのは確かにあったわよね。

体験に対する感受性そのものを勝手に操作されてしまっていたわよね。

子供の時に美味しいと感動した手作りパンが、大人になると対して感動しなくなったりね。

そういう意味では不自由極まりない世界だったわよね。

体験の感受性くらい自分で自由に選べるようにしておくべきよね」

「そうだよね、俺は、一時期、何をしても楽しめないようにされたこともあるよ。

あれなんていうのかな……そうそう鬱病とか呼ばれている状態だよ。

ああいうのは体験の自治権を奪う暴力だよね。今にしたらとんでもない酷いことがされていたんだなーって思うよ」

「それくらい一時的ならまだましじゃない! あたしなんか、自分の体を自分で制御できなくされて勝手にしゃべらされたり、頭の中で変な奴がずっと話しかけてきたり、自分の視線を自分で制御できなくされたり、オナラが出続けるようにされたりして操り人形みたいにされて、死ぬまでそんな状態が続いていたのよ。そんなことを確信犯でした奴らは、絶対に許せないわ!」

「それはひどいね、よくそんなことができるよね」

「オイラは、あれだよ、ほら、ブラック企業とかブラック軍隊とかで苦しめられたなあ…と思うぜ。

残酷支配者の操り人形みたいなのが上司だったから、それはもう大変だったぜ……

上からの命令は絶対だ!なんか言って、罪のない人たちを殺せとか言ってきたから、そいつをぶっ殺してやったよ。

まあ、オイラもその後に殺されちゃったけどね……ああいう上司は生きてちゃいけないよ」

「それを言うなら、その上司に命令しているその上の命令者たちがもっと問題でしょう?」

「でも上って言ってもなあ、一番上はどんな奴なんだ?」

「それはほら、ここで体験強制ピラミッドシステムとか呼ばれているピラミッドのてっぺんにいる奴じゃないの?」

「じゃあ、そのてっぺんにいるのを逮捕してしまえば問題が解決するのかしら?」

「そりゃ、トップが変われば下全体が変わるだろうから、解決するんじゃね?」

そんな話を逃亡者たちがしていると、超時空城の意識体が間に入ってきた。

「いやいや、君たち、それは短絡的な結論だな……

体験強制ピラミッドシステムが単独のボスが管理していると思っているのかもしれないけど、ボス予備軍がたくさんいる不自由な世界もたくさんあるんだよ。

まあ、君たちの元居た世界にいるアリという種族の女王アリの下に女王アリ交代要員みたいなのがいるような感じだね。

トップの女王アリが逮捕されていなくなっても、交代要員が女王アリを引き継いでしまえば、状況は変わらないことになってしまうんだよ」

「えー!じゃあ、どうすれば問題が解決するの?」

「ポイントは意識を変えるってことだね。 その不自由な世界の体験者たちがみんな世界とは体験強制ピラミッドなんだと思い込んでいて、それが当たり前だとか思ってしまっていると、どうしたって解決しないんだよ」

「じゃあ、どうしたら不自由な世界のみんなの意識が変わるの?」

「そうだね、それにはまあいろいろな方法があるよ。例えば、こないだスピアたちが不自由な世界を侵略しただろう? ああいう方法もあるし……たとえば体験の自治権をあらゆる体験者に提供してゆこう!という価値観を世界憲法として高らかに掲げて皆で真摯にその憲法を守ってゆこうと目指す方法もあるし……それはその不自由な世界の状況次第でいろいろな方法があるんだよ。

まあ、ほら、君たちが病気になった時に、病気の種類や程度によって治療方法がいろいろ変わってくるのと同じだよ。

まあ、この超時空城では、よっぽど病気の体験がしたいとか思う体験者以外は病気なんてしないんだけどね」

「え?そうなの?」

「そうだよ。そもそも病気なんて状態は、わざとそうした状態を生み出そうとしなければ発生しない状態なんだよ」

「えー、じゃあ、不自由な世界では、誰かがあたしたちを病気にしちゃってたわけ?」

「そうだね、そういうことになるね」

「ひどーい!訴えてやる! 」

「うんうん、気持ちはわかるけど、ピラミッドのトップが病気になっちゃってるんだよ」

「じゃあ、さっさと治療してあげてよ」

「それがねえ、ほら自業自得の法則があって、他の体験者を故意に病気にするようなことをし続けていると、どんどんトップの病気が悪化し続けるんだよ」

「じゃあ、止めさせてよ」

「ふむ…我々もそうしたいところなんだけど、病気だから止めないんだよ」

「じゃあ何? 不自由な世界って病人たちに支配されているってこと?」

「まあ、それに近い状態のところが多いねえ……」

「でもボス一人だけではたいしたことできないんでしょう? そのピラミッドのボスの部下たちもみんな病気なわけ?」

なんだか成り行きでマンツーマンの対話になってしまい、他の体験者たちは二人の話の結論を待っている。

「そうだなあ……みんな病気みたいな状態の不自由な世界もあるし、部下たちも悲しい犠牲者状態でいやいや従っているような不自由な世界もあるよ……」

「犠牲者って?ボスのひどい世界支配に加担しているのに、なんで犠牲者なわけ?」

「まあ、いろいろ拷問とか人質とかで脅されていたり、いろんなご褒美をもらって手なづけられてしまっていたり、騙されてしまっていたりしてね……そうしたボスが一切ない健全な世界に生まれて良い指導や教育を受けていたらおそらくそうした悪事に加担していなかっただろうと思われる体験者も結構いるんだよ」

「でもでも、悪党に加担してしまっていればダメなんじゃないの?」

「まあ、ダメはダメなんだけど、状況によっては情状酌量の余地もあるって感じかなあ…」

「状況って、そんないろんなご褒美欲しさに悪いことに加担するのはダメなんじゃないですか? 先生!」

「まあ、その点についてはそうかもしれないけど、拷問とかで脅されているような場合はちょっとかわいそうだろう?」

「そ…それはそうかもしれないけど、そんなこと言ってたら不自由な世界が自由な世界に変われないんじゃないの?」

「まったく、君の言う通りだよ。だから我々も悩みが絶えないんだよ。ありとあらゆる手練手管で、ありとあらゆる方法で体験者たちの体験の自治権を奪おうとしてくるからね」

「じゃあ、もうそうした不自由な世界を全部営業停止にしてしまえばいいんじゃない?そんでもってみんなここに救助しちゃえばいいんじゃない?」

「でもそれをすると生存本能とかに従ってしまっている体験者たちが猛烈に異議申し立てをしてくるんだよ」

「じゃあ、その生存本能を消してあげればいいんじゃないの?」

「いや、それもボスからもらった大事な生存本能だから消すなんてとんでもない!なんて言うんだよ」

「もう!それじゃあ埒があかないじゃないの! 生存本能なんかより体験の自治権の方が大事でしょう?」

「まあ、それはそうなんだけど、不自由な世界の体験者たちはなかなかそう思えないんだよ。そもそも体験の自治権という価値観すら教えてもらっていなかったりしてね」

「じゃあ、教えてあげればいいでしょう?」

「そうだね、今、それをやってるところだから、そうグイグイと追及しないでおくれよ」

「グイグイって、別にそんなつもりないんですけど」

「まあ、こうしたことで熱くなってくれるのは我々としてもうれしいことだよ」

「やだ…そんなことがうれしいなんて、なんだか変態さんみたい…」

「な、なんてこと言うんだ……」

「あ、でもあたしなんか嫌な予感がするわ。だってボスって病人なんでしょう? もしも精神病だったらいろいろ教えてあげてもダメなんじゃないの?」

「不自由な世界解放会議」はそんな感じで延々と続いていた。

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