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東南アジアにおける新規事業創造をリードするカギと失敗の罠

本文は、2021年1月/2月に開催した「SPEEDAアジア経営企画の会」での討議内容を書き起こし、加筆・修正したものです。
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内藤/SPEEDA(本日のモデレーター):今日は東南アジアでの事業開発のリアルな部分を、経営共創基盤(以下、IGPI)のパートナー兼シンガポールCEOの坂田さんと東南アジア地域のシードステージ投資に特化したベンチャーキャピタル、KK Fundのファウンダーの斉藤さんに、聞いてみましょう!

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KKファンドが有する東南アジアでのスタートアップ支援経験と、IGPIが有する東南アジアでの大企業支援経験から、いろいろお話を引き出していければと思います。

<本日のディスカッションの枠組み>

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内藤/SPEEDA:事業開発を①アイディエーション(着想) ②インキュベーション(育成) ③スケーリング(規模拡大)というステージに分けて、各ステージの進め方の要諦を「組織内部向けの視点」「市場や投資先等の外向けの視点」でインタビューしていきます。

アイディエーション

内藤/SPEEDA:「両利きの経営」における「深化」と「探索」について、坂田さんに質問です。新しい事業開発に取り組む際に、既存事業の枠内もしくは隣接領域にとどまってしまうということがあり得ますが、「深化」と「探索」の双方を実現するのは難しそうですね?

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坂田/IGPI:多くの企業が過去の成功の延長線上で戦ってしまうというのは自然な流れで、とても良く理解できます。少し前にはイノベーションのジレンマという言葉もありました。

イノベーションというと新技術を探索することと捉えられることが多いですが、その企業にとって初めて実施することは何であれイノベーションなのだと思います。例えば、コンビニチェーンがフランチャイズを始めるとか、街のラーメン屋さんが出前をウーバーイーツにアウトソーシングするとかでも、その企業にとってはイノベーションになります。例えば、探索領域を飛び地で無理に探すのではなく、既存領域をより深化させるための探索領域を探すというテーマ設定も有効なことが多いです。

内藤/SPEEDA:シンガポールに赴任して急に「何か事業開発せよ」と任命されている方々にとっては、少し気が楽になりそうですね。「探索」という点で言うと、どのようなテーマに注目が集まっていますか?

坂田/IGPI:既存の業界で言うと、新聞にも出ているフィンテック、ロジスティクス、モビリティ、スマートシティのようなキーワードが多いと思います。後は、東南アジアならではの業界横断的な取り組みにも注目が集まっていると思います。例えば、Gojekがモビリティなのか、フィンテックなのか、ECなのかは旧来の業界という考え方ではとらえられなくなっています。過去の遺産が少ない東南アジアならではの特徴ではないかと思います。

内藤/SPEEDA:金融、流通、電力等インフラが十分に整備されていないからこそ、リープフロッグ的な機会があるというのは日本市場との違いですね。以下では、直近バズワード的によく取り上げられる、スマートシティ、モビリティ、ESGの領域について、深掘りしていきましょう。

Topic 01 スマートシティ

内藤/SPEEDA:テーマが大きいと、探索も的が絞りづらいと思いますが、例えばスマートシティの実装にあたってどのような事業開発機会、スタートアップとの組み方があるのでしょう?

坂田/IGPI:誰のどんな問題を解決するかを明確化することが重要だと思います。デベロッパーの視点であれば、テナントの利便性を考えGrabと連携するようなアプローチやエネルギー使用量を可視化するようなスタートアップもいます。

斉藤/KKFund:まさに何を実現したいかによってスタートアップとの連携を考えればよいと思います。マレーシアの某財閥は、テクノロジーによって住民の健康状態と生活水準の向上を実現すべく街づくりに動いています。例えば特定のエリアに住めばその住人は病気になりにくくなる、寿命が長くなる、肌が若返る、所得増加、余剰時間の増加などの実現を目指しています。

実際にヘルスケアテック、OMO関連、フィンテック企業などと連携し、オンライン診療や遠隔診療の活用、ビューティテックによる肌年齢診断や老化防止策、エリア特定のディスカウント/リワード情報情報や金融リテラシーの向上などの実現のために実装を開始しています。

内藤/SPEEDA:何がスマートなのか、居住者視点で語られることはあまりなかった気がします。スマートシティの住人への付加価値を「健康増進」「キャリアアップ」と定義して、サービス作りをしていくのは面白い視点ですね。

Topic 02 モビリティ

内藤/SPEEDA:モビリティについてはいかがでしょう?どのような具体例を見聞きしますか?

坂田/IGPI:こちらも誰のどんな問題を解決するかを考えるところから始めることが重要です。既に動いているものを、よりスマートに動かすことに焦点が集まりがちですが、動かすものを減らすという視点があっても良いと思います。例えば、患者の移動を減らすための移動医療、薬のEC、そもそもの患者数を減らすための移動型の予防医療など、日本の技術を使える領域はたくさんあります。需要サイドを無視して供給サイドの論理だけで進めると事業化するのは難しく、レッドオーシャンに巻き込まれることが多くなります。

斉藤/KKFund:モビリティテックといってもデリバリーから自動運転技術まで幅広ですが、投資観点からも非常に成長性があり魅力的な分野です。今後もEC化率が大きく増加することが予想される中、新興国においてもより効率的なモノの移動が求められ、そこに革新的なソリューションが迫れています。現状では東南アジア新興国の物流コストはGDP比率で15-20%(インドネシアでが20%超)と先進国の倍近い高水準となっており、いかに物流全体が非効率であるかをあらわしており、ここに大きなビジネスの商機があると考えております。

Topic 03 ESG領域

内藤/SPEEDA:いわゆるESG領域に関する注目度はどうでしょう?

坂田/IGPI:
注目は集まっていますが、投資家の視点と企業の実態に大きな乖離があります。以前NUSのCGIOと連携して調べたときに分かったのは、東南アジアはESGに関する枠組みはある程度整っているが、実態が伴っていないという点です。日本でもかつて公害が問題になったり、最近ではガバナンス論が問題になったりしましたが、新興国が経済成長する際には多くの課題が発生します。その際に重要なのは後知恵的に先進国の論理を押し付けるのはなく、今の新興国の実態に合ったソリューションを一緒に考えることだと思います。例えば、事業承継で困っているタイのメーカーの事業承継を手伝いつつ、技術提供をするなどです。要は、大所高所から先進国の論理を押し付けるだけでなく、ミクロな視点での協力をすることが重要です。

斉藤/KKFund:先進国でいうESG投資は東南アジアなどの新興国では求められているもの、ステージが異なるかと思います。新興国ではとりわけE・S・GのS(社会性)が着目されており、今直面している社会問題解決のためにフィンテック、ヘルスケアテック、アグリテック、モビリティテックなどのスタートアップはすでに活躍しています。もちろん、さらなる産業の高度化を目指ざし、スマートネイションを掲げるシンガポールではグリーンを配慮した街づくりや環境、食品関連へのスタートアップへの政府や民間企業の支援が増えてきているが、その他新興国では「S」での事業創造や投資が求められており、今後も大きな成長分野となりうると思います。

内藤/SPEEDA:ESGに関しては私もまだ勉強中ですが、監査法人やファンドがいろいろと独自のスコアリングを出している一方、統一的な基準がない印象です。また投資家向けのチェックリストはあるが、事業責任者が見てどうアクションを採るべきかがわかりづらい。坂田さんのおっしゃるように、ミクロの視点での技術協力やノウハウ提供の方が具体性がありますね。

一方、斉藤さんがおっしゃるように、私も東南アジアのスタートアップは社会課題解決型が多い印象です。在シンガポールの日系化学メーカーのMDの方からも「スタートアップピッチに参加して、彼らがどのような社会課題を解決しようとしているのか勉強している」という声を聴いたことがあります。その上で「技術支援ができないか」を考える、と。

インキュベーション

内藤/SPEEDA:次に、事業の構想を育てていく、インキュベーションのステージについて話しましょう。ここでは、スタートアップも含め外部パートナーとの連携も行われていると思います。

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Topic 01 外部パートナーの探索方法

内藤/SPEEDA:以前はシンガポールではスタートアップ・ミートアップもたくさんありましたが、コロナ下でイベントが減っている中で、探索方法も変えていく必要がありそうですがいかがでしょう?

斉藤/KKFund:
いえ、特にコロナだから変える必要があるというわけでなく、むしろコロナ前までの探索方法に少々問題があったと考えています。市場にある大きな問題点と自社のもつ強みを社内で十分に吟味したうえで、どのような業界であればその問題を解決するための自社で新規事業に参入できるのか、ある程度仮説を立てた上で、現地企業やスタートアップにアプローチする必要があると思います。コロナ渦でのオンラインでのミートアップは当然の流れであるゆえ、以前に比べて探索方法の幅が広がったと考えます。

内藤/SPEEDA:
一方で、自ら探しにいくのではなく、スタートアップ側に来てもらう、という取り組みも増えてきている印象です。IGPIでも、JETROシンガポールと日本企業とASEAN所在のスタートアップとのオープンイノベーションを促進する取り組み(リンク)をしてましたよね。

坂田/IGPI:
よくあるスタートアップと大企業の連携というのは、スタートアップのピッチがあって、それに対して興味をもった大企業側が連携を打診するというものになります。JETROさんの取り組みで留意したのは、大企業が解決したい課題を解決することと、日本本社への啓もう活動にもつなげるという2点です。まず、1点目では、大企業の課題をヒアリングして、グローバル課題、ローカル課題、職場環境の課題という3つに整理してから、スタートアップを選びました。2点目では、選んだスタートアップにピッチしてもらい、ウェブ上で配信しました。ローンチイベントには1000名以上の日系、非日系企業が参加してくださったので、注目度が高かったと思います。

斉藤/KKFund:とはいえ、企業側がスタートアップ探しに主体的に動いていく必要性は変わらないと思います。

Topic 02 以後のスケーリングに向けた社内連携方法

内藤/SPEEDA:お二人に質問です。テクニカルな連携方法については別途ききますが、日本本社HQからの理解を得る方法について伺います。米国市場・中国市場と比較したときの東南アジア市場の魅力について、どのようにHQに伝えていくべきでしょう?例えば、GAFAが来ない領域/レガシーが残る/レガシー+オンラインの組み合わせ/スタートアップの数・競争の度合い/日系企業の強みが活きる等、何がありますか?

斉藤/KKFund:実際Google, Facebook, ZOOMなどオンラインで完結するビジネスモデルはグローバル企業が圧倒的にプレゼンスがありますね。

日系企業にとっては、ローカル企業との密な連携を要する業態、たとえば物流、金融、ヘルスケア関連のスタートアップとうまくパートナーシップを組むことでグローバル企業との競争に勝ちえる事業を創造できると考えています。

また米国、中国、インドなどと比較してスタートアップ間の競合環境がかなり緩やかですので資本提携、業務提携先を見つけやすい環境にあり日系企業にとってはチャンスが大きいと考えます。

最後に、インフラ整備が不十分かつMobile firstな東南アジア地域では日本にはないビジネスモデルやトレンドがあるため、日本に逆輸入するシナリオも十分考えられます。

内藤/SPEEDA:坂田さんに質問です。東南アジアの魅力度以外に、うまくいく社内連携方法として、何かテクニカルに気を付けていくべきことはありますか?

坂田/IGPI:
大きくは3点あります。
1つ目はトップがちゃんとコミットすることです。探索領域というのは今日明日の収益を生むわけではないので、深化領域に従事している人からの反感を買いやすい構造にあります。ベンチャー投資の成功確率はとても低いので、1件失敗しただけでもう止めよう、ということになりやすいです。それを将来に向けた重要な活動としてジャスティファイ出来るのはトップ自らがコミットする以外にありません。

2つ目は深化領域と探索領域の担当者を分けるということです。深化領域をやって、今日の売上を上げつつ、5年後に売上が上がる活動をするのは個人のインセンティブ構造の観点から難しいです。

3つ目は撤退基準を明確化することです。最初に活動を盛り上げるのは簡単ですが、有益なものとして継続できるかどうかは撤退の意思決定をする機能が組織に組み込まれているかどうかです。新たな地で新規事業をやるには10年単位でコミットする必要があります。それだけに、だらだらと続けるのは担当者にも組織にとっても良くありません。

内藤/SPEEDA:3点目の撤退基準は重要ですね。10年単位というと長い印象をもちますが、10年を前提にすると日系企業の多くの駐在員が3-5年で帰任してしまうのは課題になりそうですね。次のスケーリングのところでも、質問しますね。

スケーリング

最後にスケーリングについて、伺います。

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Topic 01 スタートアップとの提携時の留意点

内藤/SPEEDA:現地スタートアップと連携したスケールアップを念頭に置いたとき、スタートアップ側の思惑・日本側の思惑、連携において気を付けるべき点はなんでしょうか。付き合い方も、資本提携のケースもあれば、業務提携だけのケースもあると思いますが?

斉藤/KKFund:ターゲットの産業や業種によりますが、例えば研究開発型のリアルテック関連のスタートアップ企業に対して日系企業のもつアセットやノウハウを生かして新規事業を提案する場合には業務提携が入口でも良いかもしれません。

しかしスタートアップが東南アジア市場のシェアを一気に獲得すべく急成長している場合、資本提携でなければまず相手にされないし、投資意志決定もスピードも求められる。またユニコーンクラスなどのレイタ―ステージ企業への投資の場合は三桁億円投資しても日本企業側の欲しいデータが取得や連携ができずに終わる場合もある。

また自社の事業シナジーだけ求める提案など、スタートアップ側のリソースを配慮せず、自社都合で協業を持ちかけ、スタートアップ側の成長を阻害してしまうケースも散見されます。

Topic 02 組織の設計方法、リーダーの登用方法

内藤/SPEEDA:アイディエーションからスケーリングまで、最も大事な部分だと思われる、組織設計・リーダーの任命について、簡単に課題提起してもらえますか?

坂田/IGPI:先ほどもお話した担当者を分ける以外に重要なのはリーダーです。リーダーは実施する活動によって日本人でも東南アジア諸国の方でも問題ありません。

問題は任期で、5年、10年単位でコミットできる人でないと、新規事業の立ち上げは難しいと思います。仮に現地のスタートアップや企業と連携する場合、その企業にとっては年次が区切られているものではなく、社運を賭けた取り組みのことも多いです。その場合、現地責任者が如何にコミットしているかが問われます。

また、一般的に新規事業の成功確率は10%程度と言われていますし、その道中には日本では想像しえない問題に多く直面します。多国籍のチームマネジメントの難しさは本社には分からないと思います。それらを乗り切って結果を出せるリーダーを組織内外から選任して、10年コミットしてもらえるかがポイントです。

内藤/SPEEDA:お二人とも、ありがとうございました!

<セミナー後記>
オンラインでのセミナー後、シンガポール政府の規制に従い、参加者人数を限定した形でオフラインのセミナーを1年ぶりに開催しました。一度にセミナールームに入室できる数が18名程度だっため、2日に分けての開催。参加者の皆さんにも、久しぶりのネットワーキングを楽しんでいただけました。

オフライン


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