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「看護師になる」という頭(理性)VS「看護師にはならない」という心(感情)

祖父が癌で亡くなったのをきっかけに
看護師になろうと決めたわたし。

「よ~し!勉強するぞー!」と
意気込んだはいいものの、困った問題が...。

勉強の意欲が湧けば湧くほど、
看護師になることへの拒絶反応が
グングン大きくなっていくのです。

なんてこった~。(笑)

頭(理性) VS 心(感情)

わたしの中で
"看護師になるんだ!"という理性的な頭と、
"ヤダ!看護師には絶対ならない!"という
感情的な心が、対立を始めてしまいました。

頭(理性)は言います。
「看護師になるって決めたんだろう?
だったら早速、将来の試験に役立ちそうな
人体の仕組みから勉強してみようぜ!」
(理性は男性的なのです。(笑))

最初はこの頭(理性)の言うことに従って
教科書を開いたわたし。

しかしここで問題が発生!

勉強が思うように捗りません。
頭(理性)の言いなりになっていたわたしに、
心(感情)からストップがかかりました。

心(感情)は言います。
「待って待って!あなた、本当に看護師に
なるつもり!? それはイヤだわ!!」
(感情は女性的です。(笑))

どうやら心(感情)は傷を負っていて、
看護師になりたくないのには理由がある様子。

看護師にならない(なれない)理由

...なんとわたしは、先天的に「血」が
大の苦手だったようなのです。(苦笑)

教科書を開いて人体の図解を見ると
連想される血。
動脈、静脈、血管、血球、ヘモグロビン、
血しょう...。

そんな言葉だけでも"ウッ"と怯んでしまうのに、
心臓の図解なんかを目にしてしまうと
血の気が引いて全身の力が抜けていってしまう
わたし。

そんなとき、心(感情)は言います。
「だから言ったじゃない!
血を見る職業はやめたほうがいいわ。」と。

これに対抗するように、頭(理性)は言います。
「そうか。お前(心)は血が苦手なのか。
そうと分かれば血に慣れればいいじゃないか!」と。

「そこまでして看護師にこだわる必要はないわ。」と心(感情)。

「いいや!やってみないと分からないじゃないか!」と頭(理性)。

頭(理性)と心(感情)、どっちを選ぶ?

自分に中でそんな対立が生まれたわたしは、
あまり迷うことなく、押しの強い頭(理性)の
言うことを採用しました。

(よし!血を克服する挑戦をしよう!)

こうして高校生になったわたしは、
夏休みに開催される1日看護体験への参加を
決めたのです。

...さーて!ここからが波乱の始まり。(笑)

頭(理性)が心(感情)をコントロールするなんて、
できるはずがありません。(苦笑)

看護体験の結末はどうなったのでしょう~?

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