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トンネルを抜ける / Day 25 いつ逝くかしら?

   わくさんがタバコを吸っていたということもあり、よく近所のタバコ屋のおばあちゃんのところに一緒に行っていた。背中が曲がったおばあちゃんは、通い出した当初既に80歳を超えており、つまり私達が通った5年間で更に歳を重ねたことになる。

   タバコは吸えるが、根本は喫煙者ではなかった私。わくさんと別れた直後に、意味もなく気弱だった私は、おばあちゃんと引き続き話がしたいがために、たまにタバコを買うようになってしまった。そこまで頻繁ではないが、そろそろ終わりにしようと思っている。

   ちなみに彼女は、あれだけ通っていたわくさんのことを覚えていないそうだ(別れた直後に、携帯で顔を見せたんだけど)。へぇそうなんだ...と思ったけど、何度も二人だけで話すうちに判明した。高齢ならではの「まだらな記憶現象」が起きているっていうこと。別れた直後は、通う頻度が高かったから、私の話をちゃーんと覚えていて「どーお?もう元気になった?」とか「今の人ってのは5年もお付き合いしてて、それでも別れたりするんだねぇ」とか「結婚する気はないの?」とか心配してくれるんだけど、10日くらいあくと、話はまた「別れたストーリー」から振り出しに戻ってしまう(笑)。で、そこで私は、「あれ、おばちゃん、私別れたってこの間言ったじゃない?」。彼女「あら、そうだったっけぇ?」。

   そんなやりとりを続けている私達は、今ではすっかり仲良しで、もうわくさんのことを話すこともお陰様でなくなった。会うともっぱらお互いの人生観について話し合う。彼女はたばこ屋をある意味経営しているわけだけれど、やっぱり生きている間は自分で収入を得たいし、最期もなるべく誰の手も借りて死にたくないっていう(旦那さんはもう先立たれているらしい)。背中もかなり曲がっていて、耳も遠くなったし、ズラーっと並んだタバコボックスからタバコを取るのも遅くなったし、記憶もまだらだけど、彼女の根幹は揺るがない。この間もポソっと言っていた。「もうね、ここまで毎日生きてると明日がどうなるかとかもなんかどうでも良くなるのよね。いつ逝くのやら。ふふふ」。

   おばあちゃんの健康チェックと称して、必ず握手して私は帰ることにしている。実際体調が優れない日は、血流が回っていないのか指先が冷たいし、元気な時は、掌までしっかり暖かい。来年我々の最寄駅の再開発が始まるそうで、その工事の風景を二人で見に行く約束をしている。きっと見に行けるはず。






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