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トンネルを抜ける / Day13 壊れゆくもの

   数日あいた分を取り返したい。記憶に留めたい。山の暮らしから戻った日は、そのままあっこちゃんと遊んだ。あっこちゃんは、以前も登場した、健啖家の彼女だ。新幹線で東京駅へ。そのまま駅で待ち合わせして、食材や飲み物を購入して、家に戻る。

   通常であると大体留守番しているはずのわくさん。が、いない家。でも1ヶ月以上経った今はそれに慣れ、むしろ以前の恋人と遠距離恋愛を約13年続けていたあの頃の家に戻りつつある。その頃は、誰とも住んでいない家であったから、この家には様々な人々が来ていた。サッカーワールドカップの時のみんなでの大騒ぎ、スープが冷めない距離に住んでいた親友の深夜の訪問、今も来てくれる女友達に、ちょっとここ数年は訪問数が減っていた男友達(わくさんがいたからね。一応)。今、またその状況が復活しつつある。わくさんに集中していた数年も意味があったかと思うけど、実はもう一つの自分らしさが生き返ってきた気がする。

  包丁、鍋、皿、そして灰皿。すっかり我が家のキッチンの状況を把握しているあっこちゃんが、またテキパキとサラダを作ってくれた。完成したのは、まだ陽が落ちる前。世界中どこにいても夏の明るいうちに食事ができるのは価値がある。自由を謳歌するってこう言うことって単純に思ってしまう。そして夜は何がきっかけかはもう記憶が飛んでいるけど、深夜まで部屋を闇にして踊った(クラブ活動)。歌って踊るとワインの酔いは早く回るようで、あっこちゃんは、音に体を預けて楽しそうに踊っていた。一息ついた時、暗闇の中で彼女にしがみついて私は言った。「1人が怖いとかそう言うことって言うより、私誰かを好きでいたいんだよ」。

   あっこちゃんは黙ってそれを聞いてくれていた。深夜に人にしがみついているのも悪くない。人の身体のあたたかさ。私達は、しばしの休憩の後また'クラブ活動'を始めた。何の拍子から、テーブルの皿が床に静かに落ちて割れた。よく見るとそれはわくさんがご飯茶碗として使っていたもの。でも悲しくはなかった。






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