ずるい人
彼はずるい人なのかもしれないと、別れて一年近く経った今もぐるぐると考えてしまう。
彼はいつも私の家に泊まりに来るとき、必ず先に自分の家に帰って、シャワーを浴びてから私の家に来ていた。
彼が抱きしめてくれる度、私と違うシャンプーの匂いがする彼に少し寂しさを感じつつも、大人の恋愛なんてこんなものなのかもしれないと思おうとしていた。
だけど、別れる前に最後に会った時に訪れた居酒屋さんで彼が何気なく言った言葉のせいで、全てが腑に落ちてしまった。
「今職場で席隣の人いるじゃん?あの人と前付き合ってたんだよね」
ちゃんと話したことはないが、私も知ってる人だった。オープンスクールで初めて学校に行った時に見かけて、そこから綺麗な人だなとずっと思っていた。
彼の職場は職場内恋愛が禁止だと前に話していた。「みんな本当に守っとるかなんて、わからんけどなあ」と意味深に呟いていたのも、自分が前に付き合っていたからだったんだ。
私の家でシャワーを浴びないのも、LINEの設定している名前を変えたのも、あの人と決めたルールだったのかもしれない。
何がショックだったのか自分でもよく分からなかった。でも、その話をした後も変わらず笑いかけてくれる彼と対照的に、私は作り笑いしかできなくなった。
そのあとは、どんな話をしたのかよく覚えていない。
飲みすぎてふらふらになった帰り道、彼の肩にもたれかかるとやっぱり私と違うシャンプーの匂いがした。私の大好きな匂いだ。
だけど、いつか同じ匂いになるのだと勝手に思っていた。
付き合い始めた日、真夜中に自転車を漕いで私の家に来てくれた彼。
次の日、そのまま職場に行くからと着替えを持ってきていたのにクロックスで私の家まで来てしまった彼。
待ち合わせの場所にしていたスシローをくら寿司と間違えていて、急いで私がいるスシローまで来てくれた彼。
私の好きなバンドの名前を、食べ物が名前に入ってることだけが共通点の別のバンドとどや顔で間違える彼。
別れてから、そんな彼のことを何度も何度も思い出した。ちょっとドジなところも大好きだったし、ただ純粋に誰かに側にいて欲しい人なんだと思った。
そういう彼を知っているからこそ、どれだけ苦しくってもずるい人だなんて思えなかった。思いたくなかった。
でも今でもずっと引きずって、彼の好意に甘えてしまっている私もまた、ずるい人なのかもしれない。
でも、今はもう少しこのままの関係でいたい。
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