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変態アーティスト

1.本来目指すところはアーティスト

人間本来、誰しも、アーティストなのだ。

仕事でいうと、僕は事務と営業、製造を経験した。

趣味では、音楽を聴いたり、コーヒーを飲んだり、瞑想、心を磨くこと、マンガ、アニメが好きだ。

仕事では、クリエイティビティとは無縁と言っていいほど、型にハマったことをしてきた。

営業は芸術だと言っていた人もいたが、僕にとっては、数字を上げなければならない苦痛が上回っていたので、

個性や芸術というより、ねばならないで日々をこなしていた。

スキル、向上心不足もあるが、、

心から楽しい仕事…とは思えなかったのだ。

本来は法律やルール、常識といったものが自分自身を縛り、不自由にしているので、楽しくないのは当たり前だが、僕自身にそれだけ受けいれられるキャパが無かったのだ。

そもそもなぜそうなのかというと、全て起こったことを他人のせいにしていたからだ。

なので、仕事でのマイナス、谷埋めとして、漫画、アニメ、空想など、現実にない事に逃避することで、結果、バランスを取ろうとしていたことが分かったのである。

趣味も嫌なことを忘れられるため、でしていたと言っても過言ではないだろう。

今、思えば当時はそんな自分をダメだと責めていたままなので、転換の仕方も等身大の立ち位置もわからなかったので、

ただただ人のせいにしていた他責思考の持ち主だったのだ。

そんな自分を忘れるために、没頭しただけに、

日曜日の晩には、サザエさん症候群が発症して出社するだけで嫌になっていた💦

また、金曜日に飲んだりクダを巻いて、土日で不完全にリフレッシュして…という繰り返しを13年くらい行ってきた。

こういう生き方を人生の中心とすると、アーティストどころではないし、何かを創造するどころでもない。

寝食を忘れて楽しかったことって、昔思春期のころに趣味で漫画を書いたことがあるのだが、

その熱中具合は半端なかった。


2.変態だった小学6年生

ある30代の方とSNSでやり取りする機会があったのだが、

「でも」「だって」「〜べきだ」の強い方と相対した。

その方からは当たり前かもしれないが、自分にとっては、何か言われるだけで、メンタル的にブレーキがかかった気分になるのだ。

皆さまはそういった経験があるかどうかわからないが、、

僕は自分の思い通りにいかないと嫌だ!というわがままな自分自身がムクムクとわきでてくる。

思い通りにいかなければならない口上は、

「うまくいっていないのだから、ここくらいうまくいってもいいだろう」だ。

こうやってフタをして進んでいくのだ。

気持ちも心もボロボロになりながらも、前を向いて進んでいるフリをする。

「前向けているし」「自分は大丈夫」

と腹の中ではドロドロの粘度をもった気持ちの垢を持ち続けて、それでも前向きのフリをし続ける。

いつしか、本当の自分がわからなくなって、何をしたいのか?何のためかも分からなくなり、迷宮入りする。

心がお留守になり、人の目や人の評価ばかり気にする人格の完成だ。

こうなったときに、逃げ場として漫画や動画の力を借りた。

また、変態と銘打っているが、、

尖り切った生き方をしたいと思い始めたのは、小学生のとき。

小学6年生のとき、引っ越しして転校した経験がある。

転校先で、僕の変態ぶりが爆発した。

それは、当時、休み時間に絵や漫画を書いて見せ合っていることが多かったのだが、、

例えば、ドラゴンボールのキャラクターであれば、

例)天津飯→天津飯お

キャラクター名の末尾に平仮名の「お」をつけて、パロディ風のキャラクターを勝手に創作していったのだ。それを僕が最初にやり出して、、

クラスのグループの男子内ではそれが結構ウケたのである。

味をしめた僕は、、次は替え歌に着手した。

爆風スランプやkanなど、当時を席巻したアーティストの歌を下ネタに替え歌をして、クラスに広めていた。

その下ネタっぷりは先生を困らせたくらいで、その拡散力に酔いしれていた。しかも下ネタの意味を知らずにだ笑

音楽の授業でその真価は発揮されて、教科書の曲をことごとく下ネタに塗り替えて、みんなの前で歌ったり、、まぁ散々な思い出だ。

たちまち、他クラスにもMIZUという変態がいるらしいぞ、と噂になるくらいになり(当時は4組まであった)休み時間にものぞきに来られるようにまでなった。

女子からも変な人として見られるようになった。

それが快感になっていき、注目されることが嬉しかったからだ。

変態というところを良くも悪くも捉えられるが、

突き抜けた感性や自分独自の個性と捉えれば、自分で自分自身を認めていけばいいのだなと思うのだ。

上記は決して、悪い子目立ち症候群なのでいい例ではないが、、

自分の思ったことを突き抜ける勇気は必要だと思った。

それくらい自分と自分自身に遠慮しなければ、本来は誰しも個性的、唯一無二なのだ。

一度きりの人生を後悔しないために、、、

どんどん失敗しよう。ダメならダメになってみよう。

自分を丸裸にするかもしれない。

さらけ出したくないかもしれない。

アーティストとは単に作品を作ることだけでないと思うんだ。

何かをした以上に、

どうあるべきか?

この経験で、自分としてのあり方そのものが個性であり、アーティストなのだと教えてくれた。

ただ、上記は次元の低い個性なので、、

より高い次元の個性でありたい。

寝食忘れて没頭できるもの…

見つけられたら幸せだと思う…!!

食欲、性欲、睡眠欲すら超越して…

自分のありのままを投入できる、心や魂を込めて投入できるもの…

だれしも、キラッと光る個性はあるはずだ。

他の人には理解不能でも、自分がわかればいい。

そんな黒歴史のような思い出の中にも個性はあるかもしれないのだ。

ぜひ、、探していただければ嬉しい😆


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