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黒部と日本の電力

黒部川にそびえ立つ壁

2022年10月、黒部ダムを訪れた。黒部ダムは、中部山岳国立公園内にある水力発電専用ダム。日本で最も高い堤高186mを誇り、堤頂長は492m。貯水量は東京ドーム160杯分に匹敵する2億立方mである。

黒部ダム

間近で見ると、本当に大きい。大東亜戦争で破壊しつくされたあと、たった10年後の1956年から建設が始まったものとは思えないスケールと完成度である。ビデオで当時の様子を見たが、手作業のような工事だ。先人の努力と行動力には尊敬以外の言葉が思いつかない。

黒部川第四発電所への取水口

黒部ダムからの水は地中を通って、黒部川第四発電所につながる。黒部川第四発電所は、自然景観への配慮や雪崩を防止するため、完全地中式の発電所である。現在の出力は335MW、水力発電では日本で4番目に大きい。

かつては水力発電が主流だった

大正から昭和初期にかけて大規模な水力発電所が多く作られ、1950年代までは電力の大半は水力発電によるものであった。
黒部川第四発電所と黒部ダムも、戦後復興が進んで電力不足が深刻になるなか、関西の電力需用に対応するため、1956年に建設が始まり、7年の歳月を費やして、1963年に完成した。
関西電力と間組、鹿島建設、熊谷組、佐藤工業、大成建設の社員、延べ1,000万人の人員と171人の殉職者によって建設された。
黒部ダム建設工事現場はあまりにも奥地であったため、作業は困難を極めた。黒部ダムまでの大町トンネル工事では、破砕帯から大量の冷水が噴出し、その大変さは、映画黒部の太陽の素材となった。

安定な電力確保は必須

水力発電は、国産エネルギーであるため、安全保障上重要ではあるが、原子力や火力と比べると、出力が低い。現在ではその割合が低下し、2019年度のわが国の発電量の電源別の割合は、天然ガス37.1%、石炭31.9%、石油等6.8%、水力7.8%、水力以外の再生可能エネルギー10.3%となっている。
黒部ダムレベルの巨大な設備をもってしても黒部川第四発電所の出力は335MW。それに対してかつての福島第一原子力発電所は4694MW、柏崎刈谷原子力発電所は8212MW、鹿島火力発電所は5660MW、富津火力発電所は5160MWである。
エネルギーの安定確保は、国家の最重要事項の一つである。一刻も早く全原子力発電所を再開し、並行してもっと進んだ小型原子力発電を実現させてゆかねばなるまい。

立山を超える

黒部ダムは、黒部立山アルペンルートの途中である。長野県側からだと、黒部ダムまでは、扇沢から電気バス。黒部ダム以降は、ケーブルカーと日本唯一のローリーバスを乗り継いで、標高3015mの立山の山頂直下を抜け、高原バスとケーブルカーで立山駅へとつながってゆく。

大観峰から見た黒部湖
立山山頂直下を抜ける

先人たちの黒部川電源開発

富山側からは、黒部川をさかのぼることができる。宇奈月から登ってゆくと、黒部川には、国内有数の水力発電所が集まっていることが分かる。人を寄せ付けない急峻な地形にもかかわらず、大正時代末期から開発が繰り返されてきた。現在の黒部峡谷鉄道は、1923年に日本電力によって設置された資材運搬用の軌道である。

黒部渓谷鉄道

黒部峡谷鉄道に乗ってゆくと、黒部川第二発電所と小屋平ダムが見えてくる。1933年から36年に建設された。戦前のことである。

黒部川第二発電所

黒部川第二発電所は、装飾を極力省き、機能性や合理性を重視したデザイン。発電所につながる赤い鉄橋は、近代日本では2例しかないフィーレンディール構造の目黒橋である。

発電所につながる橋

小屋平ダムは、高さ約51m、長さ約119mの円弧曲線と直線を組み合わせたデザインのダムである。

小屋平ダムのあたま

終着の欅平には黒部川第三発電所がある。黒部川第三発電所も戦前の1936年から40年にかけて建設された。仙人谷ダムから取水し発電する。仙人谷ダムは、高さ約47mで、貯水量は約24万立方mになる。
支那事変の最中、突貫工事が行われた。ダムへの物資輸送のために、標高約1,000mの絶壁に水平歩道が設けられた。上部軌道の高熱隧道では、岩盤温度が最高165度に達することでダイナマイト自然発火事故が起きた。さらに工事宿営所を泡雪崩が直撃したことなどにより、300人を超す殉職者が出た。吉村昭の記録小説、高熱隧道を読んでみたい。
現在の欅平ではそのようなことは微塵も感じれない。美しい渓谷を散策する人たちでにぎわう観光地である。
黒部を訪れたことで、わが国の電力を支えるために働いている人たちがいることを感じることができた。こうした先人たちのおかげでいまの日本がある。まだ行ったことのない人たちは、ぜひ行ってみて欲しい。百聞は一見にしかずだ。


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