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カリフォルニア坂

渋谷区の、 
とある交差点から 西へ向かう上り坂を 
カリフォルニア坂と呼んでいる

坂は豊満に膨らみ、すぐに下り坂になるので
先は見えないが
その坂の向こうに海があることを 
わたしは知っている

ヤシの木がそよぎ、
ラジオからはごきげんな曲が流れ、
少年はスケートボードに乗る
まるでスノードームの雪のように清潔で
正しいカリフォルニアだ

赤信号の時には
たっぷりと潮風を吸いこむことができるので
気にいっている

しかし
青信号だからといって
わざわざ赤になるのを待つほど暇ではない
点滅がわたしを急かすのなら
望み通りに小走りになる
自然に出会う赤が大切なのである

夏の、歌垣の晩に
わたしは坂に向かって恋の歌を送った
すると間もなくイーグルス風の返歌が届き
カリフォルニアの恋人ができた

赤信号で
わたしはカリフォルニアの恋人を思う
恋人よ、きっと きみも同じでしょう

わたしは潮風のなかに
きみの口笛を聴くことができる
きみの匂いを感じることができる

恋人よ、
祝日が晴れた満月に重なったら
その夜が 次の歌垣だそうです
わたしはそれまでに
いくつもの歌をつくるでしょう

待てども祝日は満月に重ならず
重なった満月には雨が降り
わたしの歌は、届かない

坂を上ったことは、まだない
いつか上るかもしれないが
それはずっと先のことだろう

坂を上るその時が来たら
スノードームの
厚いガラスを丁寧にトンカチで割って
カリフォルニア坂の住人達に
本当の冷たい雪を降らせてやろうと思う


(詩誌びーぐる・掲載)

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