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【シリーズ・摂食障害18】遺伝と「生まれつき」を考える

【シリーズ・摂食障害18】遺伝と「生まれつき」を考える
「サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ」

 摂食障害の理解と対応についての連載記事の、18回目です。過去記事は、マガジンからご覧いただけます。

 AED(全米摂食障害アカデミー)が発表した「摂食障害の9つの真実」を一つひとつ検討しています。今回は、その7、8項目め、「摂食障害の発症と経過には、遺伝(体質)と環境の両者が、重要な役割を演じている。(Genes and environment play important roles in the development of eating disorders.)」「摂食障害の発症と経過を、遺伝(体質)だけで予測することはできない。(Genes alone do not predict who will develop eating disorders.)」ということについてです。

1.遺伝をめぐる誤解・偏見


 摂食障害に限らず、精神疾患全般について回る誤解のひとつに、遺伝をめぐるものがあります。精神疾患を持つ当事者の親の後悔(なにか悪いものを遺伝させてしまったのではないか)や、当事者が挙児をためらうこと(子に何かあってはいけない)だけでなく、社会的にもっと露骨な形で、誤解が偏見に姿を変えることもあります。

 十年ほど前に、とある対人援助職のグループに精神保健福祉に関する講演をしたことがあるのですが、若い女性の方から「精神疾患をもつ人と婚約したものの、相手方の両親から『血が汚れる』と認めてもらえない、という相談をされたのですが、どう対応するのがいいですか」と質問されたことがあります。「血」という考え方が、年長者を中心に今でも生きていることに、身につまされる思いをしたものです(実は、この相談内容は、相談者自身の実体験だと後で打ち明けられたので、強く印象に残っている)。

2.遺伝は摂食障害に関与するが、他の全ての病気と同様に、ごく部分的にである


 私たちの体のつくりや働き、健康や疾病は、遺伝によって規定されています。遺伝は「閾値」(限界)を決める、と表現するのですが、それは「大きな体をつくる」素質(遺伝要因)があり、十分な栄養が与えられるなどの環境要因が整って、実際に大きな体がつくられる、しかしその表現型(大きさ)は、遺伝的に規定された限界を超えることはない、という例えでご理解いただくとよいと思います。

 ごく一部の遺伝病を除き、特定の遺伝子と特定の疾患との関係が明確に示されているものはありません。その意味で、精神疾患も、ほかの大多数の身体疾患と同様に、遺伝するものと考える必要はないのです。

 ちなみに、摂食障害における遺伝要因の影響の大きさについては、極めて素朴な方法で研究されています。同じ遺伝情報を持つ一卵性双生児と、そうではない二卵性双生児において、ひとりが摂食障害を発症した場合に、もう一人が発症する確率がどのくらいか比較する、というものです。

 最近では、スーパーコンピュータのとてつもない処理能力を駆使して行われる全ゲノム解析(全ての遺伝情報を網羅的に検索する)によって、摂食障害に関与しているであろう遺伝子領域がいくつか見出されているとのこと(参考文献1参照)です。

3.「生まれつき」は病気にどのように影響するか-エピジェネティクスとDOHaD


 私たちの体のつくりや働き、健康や疾病における「遺伝」と「環境」との役割は、近年、エピジェネティクス(後生遺伝学)の観点から理解されています。次回に、摂食障害の発症と維持のメカニズムをご説明するのですが、そこで必要な情報なので、若干理屈っぽくなるのですが、お付き合いください。

 私たちは二重らせん状のDNAにおける、塩基配列の組み合わせ、という形で、とてつもない量の遺伝情報をストックし、状況に応じて活用しています。私たちの形質は、“ストック”された遺伝情報に規定されると考えられるだけでなく、どの情報が“活用されているか”によっても規定されているといえるのです。体の大きさの例えでいうと、“大きなからだ”の遺伝情報を「持つか」どうか、という観点のほかに、その情報が「活用されているか」どうか、という観点で理解する、ということですね。

 では、遺伝情報の「活用」の仕組みはどうなっているのか。それは、DNAやヒストン(DNAを巻き取りコンパクトに収納するための“糸巻き”)に、一定の構造を持つ分子の塊がくっついたり離れたりしてスイッチのように働くことで、遺伝情報の活用のon-offが切り替えられ、形質発現に影響する。そのスイッチ(分子の塊)は、外的(環境)要因によって影響されるとともに、世代を超えて引き継がれる場合もある、というのです。

 公衆衛生上の知見の一例として、低体重の母体から生まれた子は、(一般人口と比較して)低体重出生になりやすいと同時に、のちの栄養過多とあいまって、むしろ子の生活習慣病リスク(肥満や糖尿病など)を増大させてしまう、ということが知られています(分かりやすい解説記事として参考文献2参照)。生活習慣病は、成人期の生活習慣の問題に加えて(それ以前に)、発生期の胎内環境が遺伝子発現に影響を与えた結果生じるもの、と考えられるのです。成人期の生活習慣病の起源を、発生期すなわち「生まれつき」に求めるこの考え方を、「健康-疾病の発生期起源説(英語の頭文字を取りDOHaD)」といいます。

 摂食障害における「遺伝」や「生まれつき」を考える場合にも、このような複雑なメカニズムを踏まえておく必要がありそうです。

 ちなみに、発生期の胎内環境におけるリスク要因の一つとして、母体の低体重・低栄養を挙げましたが、逆に保護要因としては、葉酸の摂取が注目されています。葉酸は、発生早期の胎児の神経管の分化に不可欠であるなど、発生早期の胎児の保護に非常に大切な栄養素として知られます。挙児を希望される女性は、妊娠前から積極的に葉酸を摂取しておくことが勧められます(同時に、極端な過剰摂取は有害であることにも留意が必要)。

参考文献
1.安藤哲也 2014 摂食障害研究の最近の動向 心身医学54(2) pp.146-153.
2.久保田健夫 2019 先進諸国民の健康を脅かしている生活習慣病の最上流因子-DOHaDとエピジェネティクス 医学のあゆみ268(11) pp.949-954.

(つづく)

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