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農福連携と、雇用率ビジネスについて思うこと(後半)

農福連携と、雇用率ビジネスについて思うこと(後半)
「サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ」

※長く勤めていた精神科病院を退職し、“街の心理士”へと華麗なる転身?を果たした「りらの中のひと」が、心理学やメンタルヘルス、日々の出来事などについて感じることを綴っています。

 「農福連携」と「雇用率ビジネス」について取り上げています。内容がボリューミーなので、2分割して掲載しています。前半はこちらから。

 後半では、「雇用率ビジネス」とはどういうものか、私たち(当事者や市民)が留意するべきポイント(についての私見)を、まとめておきたいと思います。

※お読みいただくにあたっては、私の属性から視野に入るものについての記事であり、大きなテーマを”切り取った”一部であることをご承知おきください。特定の個人・団体を示唆するものでもありません。

6.農福連携における「雇用率ビジネス」のからくり


 前半の記事で、企業が障害者雇用における雇用率を満たすことに、困難や困惑を抱える場合がある、としました。そこで登場するのが、コンサルティング企業が介在する「雇用率ビジネス」です(以下の説明は、複雑なスキームを簡単に要約して説明するので、実際の運営手法とは異なっている部分があると思います。ひとつの“イメージ”と捉えていただければ幸いです)。

①雇用率ビジネスを展開するコンサル企業が、農地圃場を確保・整備する。
②依頼企業が、コンサル企業に業務委託し、コンサル料や手数料を支払う。コンサル企業にとっては、これが主な収益になる。
③依頼企業が、障がい者(や支援員)を直接雇用する。この時点で依頼企業は雇用率を満たすことが可能である。
④コンサル企業が、依頼企業が採用した障がい者を農地圃場に派遣し、農業に従事させる。ここでの支援や雇用管理(合理的配慮の提供を含む)は、コンサル企業やその関連団体(農地圃場を運営する団体など)が行う。

 “からくり”などと書きましたが、要は障害者雇用における“難しい部分”、すなわち障害に配慮した職場環境の整備や、雇用管理などを、依頼企業はまるっと外注できる仕組み、ということです。障がい当事者は職業を得ることができ、依頼企業は楽に雇用率を満たすことができ、コンサル企業はそこで収益を得ることができる。商売は“三方よし”という言葉があるようですが、よく考えられたスキームだな、と思いました(半分以上は皮肉です。念のため)。

7.批判はあれど、障害者雇用の量と選択肢を増やすことには貢献している


 このような「雇用率ビジネス」には、福祉関係者からの強い批判があります。いわく「障がい者を食い物にしている」「共生社会の理念に反する」など。しかしビジネスのスキーム自体に法制度上の重大な逸脱・違反は見当たらない中では、営利企業の市場での経営努力を(質を問わないまま)“食い物”呼ばわりすることは、ヘイト以外の何物でもありません。また共生社会未達についての怒りを特定の誰かに向けるだけでは、問題解決に近づかないことは、いうまでもありません。

 介護保険制度が始まり、営利企業が多数参入した21世紀初頭には、介護サービスの量と選択肢は、爆発的に増加しました。コム〇ン事件などの不祥事もありましたが、サービスの量と選択肢が増えたこと自体は、肯定的に評価されるべきでしょう。新たなスキームを持った営利企業が市場に参入することは、その意味では歓迎されるべきこと、といってよいと思います。

8.それでもいくつかの懸念を指摘せざるを得ない


 ここまでの”書きっぷり“で、私は「雇用率ビジネス」に好意的なのか、とお感じになった方もいらっしゃるかもしれません。いえいえ。以下、渾身の力をもって懸念・批判を列挙しておきます。農福連携そのものは、いろいろな可能性のある分野だとは思うので、携わる事業者たちが真摯に取り組めば、”大化け“するかもしれません。その期待を込めて記します。

8-1. 「農業」としては未成熟、または破綻している

 コンサル企業が介在する“ビジネスとしての”農福連携の現場は、農業という生業(なりわい)としては未成熟、または破綻しているといわざるを得ないところが多い(もちろん全ての現場で、ではない)ようです。そのような現場で産まれる生産物は、品質や収穫量が安定せず、生産物を市場に出せないので、働く障がい者自身や依頼企業などに、無償で配布したりしているところもあると聞きます。そのような環境では、もちろん収益は出ません。

 「雇用率ビジネス」としては成立していても、農業としては破綻している「農福連携」とは、何なんでしょうね。このような現場は、一般雇用(障害者雇用を含め)の職場環境としては“期待外れ”といわざるを得ません。

8-2. このスキーム自体が破綻することはないのか

 ただでさえ農業は、素人には難しい産業分野です(前半の記事に記しました)。設備や農機具などへの初期投資が大きく、生産物の価格も様々な要因にさらされ不安定(むしろ下振れ圧力が強い)です。例えばですが、甚大な災害(洪水など)に被災し設備や器具が全損した上、生産物が全滅したようなとき、このスキームでの農場圃場の運営は維持できるのでしょうか(保険などには当然入っているのでしょうけれど)。

 ちなみに、障がい福祉の分野も、素人には難しい産業分野だと思います。様々な規制があり、報酬は公定価格で決められ収益向上への裁量の範囲が狭い、その規制や報酬自体が定期的に見直され、都度対応を求められる、等の事情があるからです。

 実は、障害者雇用ビジネスでは、運営スキームが維持できずに事業者が破綻した先例があります。数年ほど前、就労継続支援A型事業所で多数の障害者を雇用していた運営団体が、ビジネスのスキームが維持できなくなり(所管する厚生労働省が、障害者支援のための給付を、障害者の給料に“横流し”させないことを徹底したのを機に、生産活動の低調な事業所が運営に行き詰まった)、雇用していた障害者を一斉に(3桁)解雇し、騒ぎになったのです。そして同様の解雇事例が相次いだのです(中国地方での2017年の事例について、自治体による検証報告書を一例として引用)。

 農福連携のビジネススキームでも、今後このような破綻事例が生じないか、懸念されるところです。

8-3. 障害者にとっては、キャリアアップが極めて困難かも

 生業としての農業が、未成熟または破綻している職場(農場)で働く障害者の方は、その職場でスキルアップしていくことが困難であると想像されます。解雇された、または転職しようとするときに、身につけることができている職業習慣やスキルが不十分になってしまうかもしれません。

8-4. コンサル料がもったいない、と思いませんか

 ここでは、依頼企業側に目を向けたいと思います。障害者雇用においては、職場環境の整備や合理的配慮の提供などで、雇用主が困難に直面する可能性がある、と先に述べました。その困難を、まるっと引き受けてくれるのが、件のコンサル企業なのです。

 ところで、障害者雇用を行おうとする雇用主には、行政の(その委託を受けた)しかるべき窓口が、しっかり相談に乗ってくれます。最寄りの公共職業安定所(ハローワーク)や、障害者雇用促進法下の「障害者就業・生活支援センター(ナカポツとか就ポツなどと呼ばれる)」、障害者総合支援法下の「就労移行支援事業所」等が、その窓口です(東京都には独自に、市区町村の窓口も存在するので、そこに相談してもよい)。

 障害者雇用をスムーズに導入・継続するための各種助成制度は、ハローワーク等で情報を得られますし、採用面接の仕方や仕事の切り出し方などは、ナカポツ(就ポツ)やハローワークに助言を求めることができます。雇用する障がい者への、個人の事情に即した合理的配慮のあり方などは、その障がい当事者が利用していた就労移行支援事業所などに相談するといいのです。雇用主が特別な事情を抱えている場合(特殊な業態など)には、都道府県の障害者職業センターなどに相談を持ち掛けることができるかもしれません。そしてこれらの相談は、全て無料なのです。

 コンサル会社にコンサル料を支払うのは、もったいなくはないですか?

8-5. 障害者雇用に真摯に取り組むことで、企業の職場環境全体が向上するかも

 このたびの話題で、私が強調したいことは、この点かもしれません。コンサル企業が繁盛するのは、障害者雇用を“コスト”とのみ捉える企業が多数存在するからではないか、と想像する(精神障がい当事者の就労支援の“意義と大変さ”の両面を承知している者として、企業の姿勢を一方的に糾弾するつもりは全くありません)のですが、障害者雇用に真摯に取り組むことで、企業の職場環境全体が劇的に好転するかもしれない、というストーリーをご紹介し、話を締めくくりたいと思います。

 このお話をどこで聞いたのか、よく憶えていません。某大手空調メーカーの、関西の工場のお話だったような気がするのですが。

 その工場では、ラインで空調機器の組み立てを行っているのですが、作業音が大きすぎて従業員同士の口頭での指示出し・指示受けに課題があったのです。ある時、その工場で聴覚障がいの方を雇用することになり、工場の従業員が率先して、簡単な手話を学ぶようにしたのです。すると、聴覚障がいをもつ従業員だけでなく、全ての従業員同士のコミュニケーションが、手話を使うことで活発になった(ディスコミュニケーションによるミスも減った)、というのです。確かに、大きな騒音下では、手話は強力なコミュニケーションツールですよね。

 障害者雇用は、手間・労力と知恵を必要とするのは確かで、敷居を高く感じる雇用主がいらっしゃるのも理解できます。しかし、障害者雇用をまるっと外部に投げてしまうことで、職場環境の改善への手がかり(を得る可能性)をも手放してしまうのは、ちょっともったいない、といえるかもしれません。

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 長々しい記事に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。障害者雇用を、人目につかない“どこか”にまるっと投げ出し無関心でいることへの“居心地悪さ”から、やや口が滑ったところがあるかもしれません。大意をご理解いただき、見守っていただきつつ、時にはお力をお貸しいただけると嬉しいです。

(おわり)

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