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星が綺麗だった話

星が綺麗だった。
結婚の決め手はなんだったんですか、と訊かれたけれど、決め手もなにもない。
強いて言えば、いや、笑われそうなので決して口には出さないけれど、「星が綺麗だった」、つまりはそういうことなのかもしれない。


結婚、なんて遠い世界の話だと思っていた私の前に、恋人は突然現れ、その二文字をちらつかせた。
私は悩んでいた。大好きな人とずっと一緒にいたい気持ちは確かにあった。だけど、その手段として「結婚」という道を進むことが、私の人生をどう変えてしまうのか、不安ばかりが募った。

あれはちょうど1年前の、日曜日の夜のこと。特別な日でも、なんでもなかった。ただ一緒にご飯を食べて、テレビを見て、キスをして、他愛のない話をして。それだけで、幸せな日曜日の夜だった。
駅で手を振って別れ、電車を降り、彼と過ごした時間の余韻に浸りながら、凍えるような冬の空気に触れ、ふと、星が好きなんだ、という彼の言葉を思い出した。空を見上げると、この世のものとは思えないくらい、星が綺麗だった。

私はいつだって、闇ばかり見つめていたのかもしれない。こんなに綺麗なものが空に浮かんでいるのに、今まで、まったく目に入ってこなかったなんて。そういえば、今までもあの人は、私に素敵な場所、美しいもの、楽しいことをたくさん教えてくれた。

彼の心は、ピュアだと思った。綺麗なものを、綺麗だと思える感性。好奇心旺盛で、人生の楽しみかたを知っている。内向的で、塞ぎがちな私の心に、彼は、幸福感とときめきを運んでくれる。そんな大切な人を、決して離してはいけないと思った。


初めて私のなかに、この人と結婚したい、という気持ちがはっきりと芽生えたのはその瞬間だったと、ありありと記憶している。もちろん、それだけで百パーセント結婚を決めたわけではなくて、恋人からもらったいろんな言葉や、ぬくもりや、思い出や、そういうものが積み重なって私の気持ちを固めていったのだけれど。


今でも時々、結婚するということが怖くなることがある。それは人生における華やかなイベントであるとともに、いつの間にか日常に変わっていく、不思議な概念だと思う。結婚は覚悟だ。あの日に眺めた星空は、覚悟を得るための希望の光だった。きっと、この先も、幾度となく思い出すことだろう。