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【ネタバレなし】綿矢りさ著 私をくいとめて 読了 感想

【ネタバレなし】綿矢りさ著 私をくいとめて 読了 感想

 33歳にもなると結婚のことがちらりほらりと出てくる。なんなら20代後半から結婚するものだと思っていたけれど、風が吹かなくて心揺れる出来事は起きなかった。そんな主人公がAという架空の自分と対話しながら、マイペースの恋愛を展開していく小説。

 綿矢りさはマイペースの恋愛をよく書く。無理してガツガツ行くんだ!というよりも内気な人間が自分のペースを守れる範囲の男性と出会い落ち着いたペースで展開してく。この「私をくいとめて」も落ち着いた、落ち着きすぎるほどのペースで恋愛が展開されていく。恋愛が主だったテーマにも思えるがテーマとしては恋愛だけではないだろう。

 もうすぐ寿命を迎える命ならどう生きたらいいのか、どう生きれば悔いが残らないかというテーマも潜んでいるように思う。主人公の友人の女性はカーターと呼ばれる男性に好意を寄せているがその好意が偏っていて普通の恋愛とは違う行為の寄せ方で本当ならこうしたいんじゃない?ああしたいんじゃない?と思うところをポジティブな偏見でコミュニケーションをとることによってどんなカーターの行動を見ても幸せに思えてしまう。どう生きたらいいかという問いには偏見が必要な気さえする。

 どう生きるかというのは現代では個人的な問題になっては来ているがこう生きたらいいよっていう幸せの規範は現代日本では根強く生きている。そんな規範もなんのそのカーターへの偏見溢れる好意は最初は変な人と思えるもののここまでくればあっぱれといえるような好意の寄せ方に見えてくる。

 主人公も友人の偏見にあふれた愛情に触発されて彼氏がいたら、いいんじゃないかと焦りながらも思い始める。

 また、綿矢りさは男性をよく見ている。顔立ちから、ふるまい、男性がどう見られたいのかまで全作品を通して男性のディティールは精密で会社におけるポジションというところも描く。主人公の女性に対して男性を描くことで女性のどのように男性を見ているのかという目線がよくわかる。「てのひらの京」にしても男性社員の描き方は社会的存在としての男性とよりパーソナルな性格との両面を描いている。

 私をくいとめてでは、登場人物のすべてが「かわいい」悪い人などいない。そう思えるほどにマシュマロなPOPな小説だと考えた。マシュマロほど甘くはないけど。「夢を与える」「生のみ生のままで」のような重さはかけらもない。たまにこういう軽くかける小説も書きたいんだろうなと感想として思いました。

綿矢りさには「オーラの発表会」のような個性的なヒロインや「ひらいて」のようなエンターテイメント性の高い小説を書いてほしいと思う反面。本保のとする「私をくいとめて」のような小説を書くことで文章を書くという楽しさを取り戻しているからこそ、傑作と呼ばれる小説が書けることを思うと、「私をくいとめて」は綿矢りさにとって非常に意味のある小説なのだろう。

ではでは~~。

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