美しき季節への文〈ふみ〉

美しき季節への文〈ふみ〉

木山りお
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美しき季節への文〈ふみ〉

鈍く転がる、流動体に混じ入ったいしのような
固体を〈命の塊〉と呼ぶなら

煌めくいまのエネルギーがひときわ輝いて見え、
羨望と称するべきなのか、嫉妬というような安くてありきたりな感情で説明するのか、あるいはそのどちらに寄っているか、まだ計り知れない年頃であった、一度目の夏のことでした

艶やかに舞い、ひと時の花を咲かせて、そして1枚1枚花弁を落とすその様を、美しいと見るか醜さと捉えるのか、幼き胸中に問う暇もありません
強烈な鮮やかさで以って圧倒され、既に心を奪われているのです

またそのすぐあとの秋には、白く凛として立つのでした
つい近寄って見ようとすると、眩むような香りで、思わず顔をしかめてしまいます
眼に滲ませた涙の粒が乾くころ、冬と、そして春がやって来ました

そのころ、自分の力で立って歩いていこうと
するいしは、はやい水の流れの中においてじっと、しかしたしかに前へとゴロゴロ転がってゆくのでした
また巡りくる、眩しい夏の光に向かい……
これらの季節はたしかにいしを強く逞しくさせたのです

二度目の夏には、また一段と艶やかに広く香りました
人を魅了したその香りを胸に大きく吸い込むと、たまらなく満たされるのです
香りがやがて光る道となって、地面を踏みしめその方へ歩み進めると、広大な、行く先の見えない森へと続いていました

流動体に乗っていたいしは戸惑います
どれだけ歩いても、見えてくるのは森の深さだけ
この深い森には、どんな生き物がいるんだろうか。
ここから出ることができるんだろうか。
夏に輝くあの花と、冬に凍えるいしころの、交わる所が知りたいのに。
たくさんさまよって気がつくと目の前には、大きな大きな山が聳え立っていました

そこから先はがむしゃらです
山の中でもがき、震えうずくまり、立ち上がっては立ち行かず、大声を出しても届きません
もう駄目そうだと、こぼして落ちた結晶だけが、陽の光に照らされて時折またたきます

やがて、いしたちの落とした結晶は、ゆっくり少しずつ、地面を覆っていきました

冬には透き通った朝の空気で白く輝き、
春には柔らかな花の香りが暖かい色に染め、
夏には爽やかな太陽が全ての生き物を活気づけ、
秋には穏やかな温もりが一面を紅くさせました

彼らは深い山の中で共にいくつもの季節を過ごしては、あたり一面を様々な色に彩るのでした

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