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もったいない人たち 2021ウィンブルドン #0

 「この人もったいないなー」って思う人、身の回りにいませんか?どのような職業あるいは集団の中にも「もったいない人」っていると思うんです。テニスの世界において「もったいない人」とはどんな人なのでしょう?テニスの4大大会の中でもちょっと特別なウィンブルドン。開幕直前の今、そんな「小ネタ」を書いてみようと思いました。

Wasted Talent とは?

 男子テニスを統括するATPという組織がありますが、ATPはツイッターで時々面白いテーマをフォロワーに投げかけてきます。その中の一つのテーマに「Wasted talent」というものがあります。つまり、「Wasted talent といえばどんな選手が思い浮かぶか」という質問です。wasted talent を直訳すると「浪費される才能」でしょうか。それを私は「もったいない人」と意訳しています。

才能ある選手とは?

 プロテニス選手ならみんな才能あるに違いないのですが、その中でも「talented」と称される選手はどんな選手かというと、大体は器用な選手です。サーブ、ストローク、ボレー、スマッシュどれも高いレベルでこなす上に、難しいボールに対しては瞬時に股抜きや背面ショットなどの曲芸的返球(トリックショット)で対応でき、時には大胆なジャンピングショットも決める。そんな選手が「talented player」と呼ばれるようです。

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 そんな選手の筆頭、ブルガリアのグリゴール・ディミトロフ(30歳)です。世界ランク21位、錦織くんとほぼ同世代、片手バックハンドが美しくフェデラーを彷彿させるオールラウンダー、まさに才能あふれる選手です。しかし彼はインタビューでその「talent」について問われ、「Talent doesn't win the match」と答えたことがありました。つまり「才能があるからと言って試合に勝てるわけではない」と言ったのです。もう才能の話はやめてくれという気分だったのでしょう。

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 オーストラリアのニック・キリオス(26歳)です。コロナで試合数が減ったせいもあり現在世界ランク61位。この人も才能溢れています。身体能力、技術はもちろん、創造性、ショウマンシップが抜群です。この写真でもかなり太ったなと感じるのですが、「この人って懸命にテニスの練習したことあるのかな?」とさえ思うくらいいつも軽~く楽々とプレイしています。しかしずば抜けた才能の持ち主であると同時に「もったいない選手」でもあります。「この人が本気で練習すれば・・・」と、きっと世界中のテニスファンに思われているくらい「残念なこと」も多い選手なのです。本人の名誉のために詳しくは言わないでおきましょう。

さてこの人今どうしてる?

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 オーストラリアには才能あるのになんか真面目にやらない選手が多いのかと思いきや、少し前にはレイトン・ヒューイット、現在ではアレックス・デ・ミノー、ジョン・ミルマンといったハードワーク(走りまくってボールを拾う)を基本とする選手もいるのです。しかし今回この記事の主役であるベルナード・トミック(28歳)は私がいつも気にしている「もったいない人」でオーストラリア人です。

 世界ランク最高位は17位(2016年)ですが現在は224位。股関節の手術や手首とか腹筋のケガも経験しているようですが、ある時「テニスが退屈に感じる」というような発言をしたところ、スポンサーから契約解除を食らってしまいます。そこからランキングは多少の上下はありながら下がっていきます。「退屈」「飽きた」つまりモチベーションの低下はたとえ感じていても決して選手が口にしてはいけない、いわゆるNGワードのようです。

 調べてみるとこの人のジュニア時代の成績がすごい。オレンジボウル(フロリダで行われるジュニアの世界大会、4大大会ジュニアと同格)で12歳以下、14歳以下、16歳以下で優勝!(18歳以下は出場せず)。最年少15歳で全豪オープンジュニア優勝。16歳で全米オープンジュニアで優勝してジュニア卒業。トミック少年にとってテニスは容易い仕事だったのでしょうか?それとも猛練習の末に得た成績だったのでしょうか?そこまではわかりません。

 さらに18歳の時にはウィンブルドンで、予選から勝ち上がりベスト8まで昇り詰めています。そしてこれが今のところ彼のウィンブルドンでの最高成績です。

 実は今回ウィンブルドンの予選に彼の名前はありました。どうなるだろうと期待していましたが、予選の2回戦で敗れています。

ジュニア時代の成績で成功を占えるのか?

 答えは「NO」と言わざるを得ません。もちろん現在世界のトップで活躍する選手はジュニア時代も良い成績を残していることが多いのですが、その逆、つまりジュニアで成績を残せば大人の世界でも活躍できるのかというと全くそんなことはないのです。

 ビリー・マーチンという選手を知っている人はそこそこの年齢で、かつかなりのテニス好きだと思います。(同姓同名で往年のMLB選手もいるので注意)ジュニアや大学時代はジミー・コナーズやジョン・マッケンローといったレジェンドを上回る成績を修め、当時史上最高のカレッジプレイヤーと称されたマーチンでしたが、プロに転向後は勝てなくなり、タイトルはかろうじて一つ、最高ランキングは32位でした。

ジュニア止まりの選手、後々も活躍する選手、違いは?

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 当時マーチンを取材した記者によると、コナーズやマッケンロー(👆写真)に比べマーチンは「普通の人」だったと言います。コナーズもマッケンローは共に「悪童」と呼ばれた強烈な個性の持ち主ですが、それと比べるとマーチンは普通だったというわけです。

 ここで望月慎太郎くんです。今回ワイルドカードをもらってウィンブルドンの予選に出場しましたが、2回戦で負けています。2019年に彼がウィンブルドンジュニアのチャンピオンになったことは喜ばしいことでしたが、それで将来が約束されたわけでは全くないのは前述の通りです。ですからあくまで期待せずに見守るのがいいでしょう。(期待が落胆に変わるのが嫌なので)

 それからこれは私の持論ですが、「ジュニアのタイトルや国内タイトルにこだわる人は世界で通用しない」と思うのです(えらそうに言ってますね)。マッケンローは著書で「私はジュニアのナンバーワンになろうと思ったことは一度もなかった。”もっとここをこうすればジュニアの世界一になれるよ”といったアドバイスには一切耳を貸さなかった」と言っています。今世界で活躍する錦織くんや西岡選手は全日本選手権で優勝しているでしょうか?(でも伊達さんや杉山愛さんなど女子は優勝してますね)

 まとめると、①変わった人、個性の強すぎる人 ②ジュニアや国内タイトルは眼中にない人 は世界で活躍できる可能性が高いと言えます。しかし①の人は日本にいては大変苦労しそうです。日本人は「常識的であれ」という同調圧力が強い国民性だからです。

 ところでベルナード・トミックはかなりクセの強い人のようですし(ここでは詳しくは触れませんが)、16歳でジュニアは卒業していますので ① も ② も兼ね備えた逸材のはずなのに、今のところ「もったいない人」になっているのはなぜでしょうか?これはもう彼に取材しないとわからないことなので想像ですが、ジュニア時代彼にとってテニスは簡単に勝てるゲームだったのかもしれません。おそらく壁にぶつかったことがないトミックは、大人の世界に入りある程度順調にランキングを駆け上がるものの初めて壁を感じます。ここから先は更に何かを犠牲にしなければ進めない、そう感じて気持ちが切れてしまったのではないでしょうか。そして「飽きた」と口にしてしまったのかもしれません。(想像です、念の為)

 我々は朝起きてさほど気分が乗らなくとも仕事に向かいます。同じように選手はコートに行くわけです。我々なら仕事に「飽きた」と上司に漏らしても直ちに解雇されることはありませんが、選手はそれを吐露できません。そして時差を超え世界を旅しなければいけません。我々が思う海外旅行とは全く別物だと考えるべきです。私も時差を超えて仕事で旅するしんどさを多少は経験しています。これを続けていけるかどうかも活躍できるかどうかの一つの鍵だと思います。我々ファンにとってテニスはするのも観るのも楽しみでしかありませんが、仕事として続けていくことは想像を超えるしんどさがあることでしょう。

 ちなみに私も実は「もったいない人」だったかもしれません。中学から始めたテニスでしたが、背は低いけど足は速いし、運動神経もいい、何をやっても器用な方でした(あくまで凡人レベルでの話です)。練習ではなんでもできて楽しかったのですが、試合になると別人のように何もできなくなるやつでした。当時は相当悩んだものです。だけど今でもテニス、好きなんですね。

 さてもうすぐウィンブルドンが始まります。今年はどんな名勝負が生まれるでしょうか。ここまで読んでいただきありがとうございました。



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