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ジョコの目にも涙… 全米オープン2021#3(最終回)

 優勝したメドヴェーデフではなく、準優勝のジョコの写真を冒頭に据えてしまいました。なぜでしょう?まずは男子決勝で感じたことをつらつらと。それと、今大会の「小ネタ」を「語録」という形でまとめようという初の試み。上手くいくかどうか…

funniest から toughest へ?

 ご存じのように優勝したのはロシアのダニール・メドヴェーデフ(25歳)です。以前紹介したように、男子プロテニスを統括するATPが制作する動画の一つ「ファニエストモーメント Funniest moment」(いわゆる珍プレー集)にしょっちゅう登場するのがこのメドヴェです。登場回数はおそらくNo.1です。カメラもそれを期待してわざと追ってる節があります。そして今回の優勝の瞬間も私的にはやはり Funniest でした(笑)。

 選手はよく特別な(優勝や番狂わせ等)勝利の瞬間、コート上に突っ伏したり大の字に寝転んだりします。今回、側臥位(横向け)になった人を初めて見ました。しかも握手をしにネットに向かう途中で「ァいけね、これやるんだった!」みたいな感じで「取ってつけたみたい」に不自然にパタンと横向けに倒れたのです。別に無理にやらなくてもいいのに。

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 なぜ横向けなのか?あくまで私の想像ですが、この人がクレイコートを忌み嫌う理由の一つに「汚れるから」というのがあります。実は潔癖症なのかも知れません。今回はハードコートでしたが、汗でベタベタの背中全体を地面につける「大の字」や、やはり汗びしょの胸やお腹をうつ伏せで地面にくっつけることを避け、より接地面積の少ない「側臥位」をとっさに選択したものと思われます。(何を考察してるんでしょうか私は)

👆のちにこの考察?はまるで見当違いだったと判明しました。本人が会見で語ったことによると、「FIFA」というテレビゲームに出てくる “デッドフィッシュ・セレブレーション” というものを真似たのだそうです。芝のピッチではなくハードコートでやるのはちょっと痛かったそうですが笑。ゲーマーでコレを知ってるファンは「あいつやりよったで!」と歓喜したことでしょう。

 このようにメドヴェは「観察し甲斐」のある人ですが、そもそも第2シードなのでジョコの次に優勝に近かったのです。彼はどんなテニスをするのでしょう?

 最大のやっかいな特徴は「下手くそに見える」というものです。例えるなら育ち盛りのジュニアのようなと言いますか、ニョキニョキと大きくなる自分の身体と長い手足を持て余して、イマイチこなれていないようなバタついた動きをします。この写真なんかどうでしょう?

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知らない人がこの写真を見たら、「初心者のサラリーマンが罰ゲームか何かでテニスウェア着せられて無理やりコートに放り込まれたのね」と思うに違いありません。

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 男子テニスはトップクラスに行けば行くほどテイクバックは小さくなると私は思っています。しかしメドヴェは世界ランク2位になってもまだジュニアのような伸び伸びとした大きなテイクバックをとっています。そこから案の定振り遅れたのか、或いは狙ったのか、わからないようなインサイドアウト(逆クロス)の鋭いボールが返ってきます。相手にしてみればこれは実に読みづらいショットのはずです。

 このように彼のテニスは変則的ですが、当然とても厳しいプレイをします(世界ランク2位ですから)。バックなどは非常に懐が深く、かなり深く押し込まれたところからでもびっくりするようなカウンターやパッシングショットが打てます。しかも重要な場面で。今やハードコートにおいては最も倒しにくい(toughest to beat)選手になりました。

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 優勝スピーチでは愛妻家の一面を見せ、妻を喜ばせたメドヴェーデフでした(詳しくは触れません 笑)。

どういう涙?

 敗戦濃厚になってきた第3セット目、ジョコは何度か不思議な笑みを見せます。そして準優勝のスピーチでは本当に珍しく涙を見せます。私は多分初めて見ました、ジョコの涙。それは悔し涙ではありませんでした。どちらかというと喜びの涙でした。「負けたけど心は喜びで満たされています。皆さんの声援が私を特別な気持ちにしてくれました」と。

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 実はジョコヴィッチはこれまでビッグ3の中では明らかにヒールを演じてきました。今回もラケットを破壊して警告を受けています。フェデラーやナダルに比べ品行方正でない、何かと物議を醸す発言をする、或いはセルビアという国の出身であること、なども含めアンチが多いのです。しかし叩かれても叩かれても憎たらしく勝ち上がり、ついに現役レジェンド二人と肩を並べてしまいました。そしてこの全米を獲ればその二人を抜き、数字の上でも明確に GOAT(Greatest of All Time)つまり史上最高の選手になれたのです。

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 2セットダウンで迎えた第3セット1-5の時点でジョコ自身も「今日は勝てない」と悟ったのでしょう。おそらく誰よりも「テニスの全て」知っているはずのジョコ。全仏ではついにクレイでナダルを攻略し、2セットダウンからの逆転を2度も見せたジョコ。続くウィンブルドンでは7試合で失セットわずか2という圧倒的な力を見せつけたジョコ。

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 しかしこの日は何かが違ったのです。簡単に言えば「冴えてない」のです。元々サーブにしてもストロークにしても際立った武器のない選手です。それを、読みとかショットやコースの選択と正確性、或いは戦略といったインテリジェンスを、豊富な運動量と磨き上げた「鋼のメンタル」で支えながら相手を追い詰めるのがジョコのテニスです。その冴えを欠いた彼にとってはメドヴェは解決困難な課題でした。

 メドヴェの一瞬の「勝ちビビり」と、やや開き直りともとれる強振ショットが奏功し4-5まで挽回して「もしや!?」と思わせますが、そこで反撃を許すメドヴェではありませんでした。瀕死のジョコは絶望の中、満員の客席からの必死の声援がきっと身に染みたんだと思います。これまでどちらかというと嫌われていたNYでこんなにも自分を応援してくれている、その喜びの笑みであり、それが表彰式での涙になったのでしょう。「今までNYでこんな気持ちなったことはありませんでした。皆さんが大好きです!」ですと。

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 今回NYでジョコがこんなに受け入れられたのは相手がロシア人であるメドヴェだったからでは?と考えるのは邪推というものでしょうか。

あんな人が、こんな発言

 最後に「小ネタ」です。選手や関係者が残した語録と共に紹介します。

❶『彼はある歴史的な偉業に向かって進んでいて、僕がそれをどうにか阻止できたと分かった時、この勝利はより甘美なものになったよ。』ーダニール・メドヴェーデフ 相手が心底欲しかったものを取り上げて嬉しかったということでしょうか?まあまあ意地悪ですね、というか正直です。

❷『僕は彼を高く買っている。素晴らしい選手だと思っている、プレイに関してはね。しかしあの件によって彼への尊敬の念は失われた。』ーアンディ・マリー  その「彼」とはこの人👇

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チチパスは最近「トイレ休憩」が長すぎると方々から批判を浴びています。今年の全仏の決勝で、トイレ休憩後に別人になったジョコに逆転負けを喫したことが影響しているのかどうかは不明です。そのことは記事にしています。

そしてチチパス本人はこんなこと言ってます。❸『僕は、誰からも好かれているかのように見せかけることはしない。別に全員から好かれようとは思ってないんだ。』

そしてもひとつ❹『あんなに強くボールを叩く選手を今まで見たことがないよ』ーステファノス・チチパス

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👆スペインのカルロス・アルカラス(18歳)。かねてから注目の選手ですが、3回戦で第3シードのチチパスをフルセットの激闘の末破りベスト8まで勝ち上がりました。

❺『僕はヘアバンドをすると馬鹿に見えるんだよ』ーライリー・オペルカ

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だからキャップを後ろ向きに被るんですか?それはそうと、そういうラケットの運び方初めて見ました。目から鱗です(笑)。私は過去に、この身長211cmのオペルカのことを「身長とビッグサーブだけが取り柄の木偶の坊(でくのぼう)やんか」と思っていたことをここで謝ります。彼はここ最近本当に厄介な選手になってきました(褒め言葉です)

❻『それこそがこのテニスというスポーツの美しさを物語っています。つまり同じ選手は1人もいないし、だから試合ごとに適応しなければいけないし、戦略も変えながら様々な方法で実行しなければいけません。』ーアシュリー・バーティ

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 私は第1シードの彼女が優勝すると思っていましたが、3回戦でシェルビー・ロジャースに敗れます。しかも第3セット5-2で自分のサーブという絶対的優位からの敗戦。信じられないミスを連発していました。アッシュはいったいどうしたのでしょう?このアッシュの敗退が次のこの人の活躍を生んだと言ってもいいでしょう。

❼『小さいときから目の前の相手を必ず倒せると信じていました。テニス以外のスポーツでもそうです。競うことが大好きだったから、みんなに勝てる、サッカーでお父さんにも勝てるって言ってました。(お父さんはサッカー選手)たとえ不可能であったとしてもね。こういう信念をずっと抱いてきたし、今回も毎試合その信念を通そうと挑戦してきました。』ーレイラ・フェルナンデス

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そのレイラと準決勝を戦って敗れたこの選手の会見を聴くのは私も辛かったです。

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❽『これが人生というもの。自分が掴み取れなかったチャンスは、他の誰かが持って行くのよ』ーアリナ・サバレンカ 今大会の第3シードで、最近は常に優勝候補の一角であるベラルーシの23歳。試合は本当に拮抗していて、大袈裟でなく何度もレイラを負かすチャンスはありました。しかしどうしても「あと一本」が獲れず、この発言でした。スコアは 6-7, 6-4, 4-6。

❾『僕はずっと ”時代遅れのコーチ” と呼ばれてましたよ。コツコツと反復することを信じているし、きつい練習を信じているし、苦痛をも信じている。そういうことをきっちりやり切ったらなら本当に、本当に強くなれるんだ。』ーホーヘ・フェルナンデス(レイラ・フェルナンデスの父でありコーチ)

 なんとレイラのお父さんは意外や「スポ根」でした。しかもエクアドルのサッカー選手だったのでテニス経験はほとんどないそうです!

➓『ツアーに参戦し始めたのは割と遅かったんです。ジュニアの頃はそんなに強くなかったから。18、19の頃はスターでもなんでもなかったし。だから練習しないといけなかったし、人生で多くのものを犠牲にしてきたの。』ーマリア・サカリ

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サカリは今回、目を見張る成長を見せベスト4に残ったものの、優勝したラドゥカヌに敗れました。そのサカリと4回戦で死闘を演じたこの人のコメントです。

【11】『情熱を注ぐ対象とはいつも「好きになったり、憎んだり」を繰り返すものでしょ。だって始終それを追い求めてるんだし、自分も完璧であろうとするもの。私の場合は、それがテニスなの。ービアンカ・アンドレスキュ

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このカナダのアンドレスキュとギリシャのサカリとの試合は非常に質の高い、いわゆるクオリティマッチだったと思います。スコアはサカリの6-7、7-6、6-3でした。私が観た中ではベストバウトです。

【12】『親たちは懸命に稼いだお金で子供達をあの席に座らせて試合を見せているんだよね?だから僕は見せ場を作りたいんだ。でも面白がらせるためだけに試合してると誤解しないで欲しい。みんなと同じように僕も勝ちたくてしょうがない。でもやっぱり自分も試合を楽しみたいし、3時間4時間付き合ってくれる彼らに楽しんでもらいたいと思っている。』ーフランシス・ティアフォー 

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ノーシードのアメリカ人、ティアフォーが第5シードのルブレフをフルセットで破り、喜びのあまり脱いじゃいました。そしてこのコメントです。真剣勝負の最中にもふとユーモラスな仕草で観客を笑わせる彼はツアーの人気者です。最近こういう選手が少ないなーと感じます。(各コメントはUSオープンのオフィシャルサイト内 « Top 50 quotes from the 2021 US Open »からの引用が主です)

 さて全米オープンが終わり来年の年明けまでテニスのビッグイベントはありません。(いや、ないこともないのですが)それまでテニス以外のことも書きたいのですがどうなるかはわかりません。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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