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「男女の友情」は傲慢かもしれないという話

「男女の友情は成り立つのか」という問題は、すでに議論されつくされるほど議論され、しかしいまだ結論の出ていない難問だ。
かくいう私も、その答えを出しあぐねている。

かつて、私は「男女の友情は成り立つ派」の人間だった。それはある種の実体験に基づいていた。いわゆる「親友」といえるような異性の友人が、私にもいたのだ。

大学二年生から三年生にかけて、ある出版社でインターンをしていた。
その会社には常に学生インターンが5,6人いて、取材のテープ起こしや原稿作成を行っていた。「ライティングの実務が経験でき、就活のアピールポイントになる」という名目で集められた学生たちは、ほとんど無給に近い状態(お昼ご飯のお弁当代500円だけ支給される)で、週三日以上の出勤を義務付けられた。俗にいう「やりがい搾取」である。

しかし世間知らずの学生たちがそんな構造に気が付くことはなく、日々は楽しく和気あいあいと過ぎていった。どこかサークルのような雰囲気もあったように思う。

働き始めて一ヵ月ほど経ったある日、私は社員に声をかけられた。

「これからインターン生の面接があるから、よろしくね」

今後、一緒に働くことになるかもしれないというM君に、お茶出しをしてほしいというのだ。このM君こそ、後に私の親しい友人となる男だった。

ミーティングスペースで、リクルートスーツを着たM君は少し緊張しているように見えた。私が出すお茶に、ぺこりと一礼する。その顔を見て、私はほんの少しがっかりした。どうせならもうちょっとイケメンのほうが良かったな、と思ったのだ。

M君の姿を見てはじめて受けた印象は、「ドラキュラとなすび(芸能人ではなく野菜のほう)を足して二で割ったようなやつ」だった。なんとなく、イメージしていただけるだろうか。

東北出身の彼は、色白で、どこか間延びした顔をしていた。
背は170あるかどうか。穏やかで、のんびりした話し方をする人だった。

無事面接を通過した彼は、ほどなくしてインターン仲間になった。思ったよりもずっと話しやすくて気さくなタイプだった彼と、私や他の学生たちはすぐに打ち解けた。

何人かいるインターン生のうち、私とM君と、そしてもう一人Kちゃんという女の子は、シフトがかぶることが多かった。私たちは仕事が終わると、三人でよく飲みに行った。時にはその後、カラオケに行くこともあった。

思い返すと、就活の時、同じ大学の友達は一種のライバルのようにに見えた

「何社エントリーするのか」「どこの会社のESが通過したのか」「もう内定は出たのか」。

会話はどこか探り合いの様相を帯びていた。立っているフィールドが近いからこそ、自分自身の本質的な価値を比較されているようで、不安になったのだ。

その点、大学が違うM君とKちゃんは、気負わず何でも話せる良き相談相手だった。

当時、インターン先の社長は近くの店で買ったたい焼きを、よく差し入れてくれた。
私たちはそれを純粋な厚意として受け入れていたが、もしかすると時給も払わずに労働力として酷使する学生たちへの、ねぎらいのつもりだったのかもしれない。

あんこが苦手な私は、受け取ったたい焼きをいつも持て余した。そんな時、M君はあんこのつまっていない頭としっぽだけがなくなったたい焼きを、さりげなく受け取ってあっという間に食べてくれた。

「貸し一つだな」と彼は笑った。

就活が本格化し、私たちはやがてインターンを終えた。
会社では、一つ下の学年の子たちが働き始めていた。

シフトに入らなくなった後も、M君とKちゃんと私は三人でしばしば集まった。やがてM君は地方のテレビ局から内定を得て、私も大手の広告系企業から内定をもらった。

一方、都内の無名大学に通っていたKちゃんは、就活に苦戦しているようだった。当時の選考スケジュールは4月に面接解禁で、大手の内定は4月の中旬には出そろったが、彼女は五月になっても、六月になってもまだ就活を続けていた。

私たちは、会うたびに目に見えて疲弊していくKちゃんに、なんと声をかければいいのかわからなかった。何を言ったとしても、彼女を傷つけることが分かっていたからだ。私たちが集まる頻度は、だんだん減っていった。

M君から連絡があったのは、それから半年ほど経ったころだろうか。

「Kさんも誘ったんだけど、返事がなくて」
東京駅の居酒屋だった。

何ともいえない気持ちをごまかすために、私たちはわざと明るい話題ばかりを取り上げた。来年には始まる社会人生活のこと。内定先のこと。
久しぶりに会ったM君はなんだか懐かしくて、もう何年も前からよく知っている友達みたいだと思った。

私は、M君のことが好きなのだろうか、と考える。

「人間的に」という前置きが付くなら、答えはもちろんYESだ。私は彼と一緒にいることに居心地の良さを感じている。Mくんはとても自然に私を受け入れてくれるし、私も心の深い部分で彼を受け入れている。
男の子にこんな思いを抱くことなんて、今までの人生ではなかった。

だけど、「男として」ならどうだろう。

そう考えると、何とも言えない。
きっと、私はM君とキスすることができない。

「これが男女の友情ということか」と思った。

社会人になってからも、M君とは半年に一度ほどの頻度で会っていた。
大抵、食事をして、そのまま別れた。

一度、うちの近くのタイ料理屋に行ったとき、M君はお土産にちょっといい日本酒をくれた。そのまま私の部屋で二次会をして、二人でしこたま酔っぱらった。その時だって、何もなかった。彼は品行方正に家へ帰ったのだ。

私たちは男と女だったけど、その性の間には清潔な一枚の透明な布があるようだった。とてもさらさらして、心地のいい布。互いに寄り添うように、理性的な関係だった。私は彼を、とても大切な友人だと感じていた。

「結婚するなら、こんな人がいいのだろうか」と考えたこともある。

でも、いつもすぐにその考えを打ち消した。私たちは『仲間』や『家族』にはなれるかもしれないけれど、『恋人』や『夫婦』にはなれない。
それに、恋愛なんてつまらないもののせいで、私たちの友情が失われてしまうことは避けたかった。

しかし、やがてそれぞれが忙しくなったのをきっかけに、緩やかに会う頻度は減っていった。

先日、久しぶりにM君と会った。
彼がわりと知られたコンサルティングファームに転職してから、もう一年近くが経っていた。

「久しぶり。元気だった?」
そう言ったM君は、最後にあった時よりも少しだけがたいが良くなって、その分自信に満ちているように見えた。

「最近忙しいの?」

私が聞くと、彼は楽しそうに笑う。
「忙しいね。でも充実してる」

私たちは近況を語り合ってお酒を飲んだ。M君が予約してくれたそのお店は、ちょっとしゃれた感じの中華だった。

「そっちこそどうなの?最近。彼氏とかさ」
M君の言葉に、私はうーん、とうなる。

「最近、別れちゃったんだけど。しばらくは恋愛とかいいかな。めんどくさくなっちゃって」

「わかるなあ、それ」

結婚する同級生も増えてきているけど、まだ自由でいたいよね。
私たちはそんなことを話して笑い合った。やっぱりM君とは、考えていることが似ている。あれこれ言い合いながら、私は懐かしくうれしい気持ちになった。

久しぶりに彼に会えてよかった。追加でハイボールを注文する。M君も、もう一杯だけ、とビールを頼んだ。
雲行きが怪しくなりはじめたのは、その時だった。

「結婚とかさ、正直まだ考えられないから、割り切った関係でいられる相手がいいよね」

新しい生ビールを一口飲んで、彼が言ったのだ。

「割り切った関係」という言葉からは、なんだか嫌な感じがした。責任は取りたくないけどセックスは楽しみたい男(あるいは女)の、言い訳みたいな。うまく言えないけれど、人間の汚なさのような。

そんな私の考えをよそに、M君は聞く。

「これまでにそういう相手、いたことある?」

「うーん、どうかな。ないんじゃないかな」

私が濁すと、M君は「意外に真面目なんだ」と笑った。

悪い予感がしていたのだ。
話をそらそうと、テーブルに置かれたエビチリの話をする私を、M君は笑って見ていた。物語の本質を知らない子供を見ているようなまなざしだった。

分かってないのはお前だ、と心の中で私は毒づいた。
そういうことじゃない、そういうことじゃないんだよ。

しかし努力むなしく、ついにM君はその言葉を発してしまった。

「もし今いい感じの人がいないなら、どう? 俺とか」

「あはは、うける」
急に静かになったように感じられる店内に、私の乾いた声が響いた。

どうしてときめきもしない男と、「割り切って」まで付き合う必要があるのだろう。静かな怒りすら沸いた。自分がすごく軽んじられているような気がした。
そんな言葉が他でもないM君から出たことに、私は深く傷ついた。

そんな私の絶望に気付かず、M君は話し続ける。
「自分でいうのもなんだけど、結構稼いでるよ俺」

彼の言葉が遠く聞こえる。
今まで私たちが築いてきた関係は、一体何だったんだろう。
私は言いしれない虚しさを感じていた。

帰り道、人もまばらな丸ノ内線で、私は男女の友情について考えた。

私とM君の間に、はたして友情はあったのだろうか。
もしかしたら最初からなかったのかもしれない、と。

はじめて会った時の彼の顔を思い出す。ドラキュラとなすびを足して二で割ったような、緊張に揺れる顔を。その姿を見たときから、私はほんの少しだけ、M君のことを下に見ていたのかもしれない。
彼は私にとって恋愛対象ではない。だから、私たちは親友になれる。男としては好きでないけれど、人間としては好き。

それって、もしかして、すごくM君を馬鹿にしている考えなのかもしれない。M君がもし私の好みのタイプだったら、これだけ気が合う彼のことを、男として好きにならなかったはずがないのだ。

私は失われた友情について考えながら、自分の傲慢を恥じた。
恥じながら、それでもやはり、彼とはずっと友達でいたかった、と思った。

男女の友情は成立するのだろうか。
それからずっと考えているが、私はまだ答えを出せずにいる。

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