金曜日のショートショート05

金曜日のショートショート(第5回目)
テーマ:キャンセル

『絶対あれは運命』

 今の段階ではキャンセル料はかなり高い。それでもキャンセルせざるを得ない事情がある。私だって心が痛い。罪悪感も大きすぎて、胃に穴があきそうだ。だけど、こんな気持ちで結婚するほうが失礼だから決断する。
「披露宴をキャンセルします」
私は目の前の彼に、そう宣言していた。

 結婚に向けて何ヶ月もかけて準備していく中、プランナーとは別に、ひとりのスタッフが担当に付いてくれた。マリッジブルーに陥らないようメンタル面をサポートしてくれるカウンセラーの男性だ。人当たりもよく、物腰の柔らかい人で、出会ってすぐに打ち解けた。婚約者には言えないような愚痴や悩みを聞いてくれ、多くの時間を過ごし、あるまじきことだけど、気づけばそのカウンセラーに恋をしてしまっていた。一時の気の迷い、これこそマリッジブルーなのかもしれないが、どうしても気持ちが抑えきれなかった。
 悩み抜いた結果、カウンセリングの際に正直に自分の想いを伝えると、彼も同じ気持ちだと打ち明けてくれた。
 きっとこれは運命だったのだ。直前とはいえ結婚前に出会えたのがせめてもの救いだ。婚約者には謝っても謝りきれないし、この先は茨の道で、誰にも祝福されないかもしれない。だけど、私は新しく生まれた愛を貫くことにした。
 そう、披露宴をキャンセルすると宣言した後に、愛する彼が見せた極上の微笑みを私は一生忘れない。

 ──キャンセル料詐欺。
 最近ではオレオレ詐欺並みに有名になったけれど、当時は誰も知らなかった。架空のブライダル会社がカウンセラーという名目でスタッフを派遣し、新郎新婦のどちらかをまるで魔法のように完璧に惚れさせる。そして披露宴直前にキャンセルさせ、莫大なキャンセル料を奪うのだ。それまでのプランナーとの綿密なやりとりも、性格や嗜好、弱みや悩みを引き出すための準備で、そこでどちらをカモにするのか判断するらしい。
 キャンセル料を支払い終えたら、愛しいカウンセラーは露の如く消えてしまう。婚約者を裏切り、家族に迷惑をかけた者は、自分の愚かさを呪い、自らを責め、後悔と悲しみといたたまれなさで誰にも被害を相談できず苦しむことになる。本当に、人の弱みにつけこむ恐ろしい詐欺だと思う。

 しかし不思議なことに、キャンセル料詐欺が世の中に知れ渡り、手口も汚さも全て明るみになったというのに、私の中でまだ彼を愛しい気持ちが消えていない。
 だからあのキャンセルは間違いではなかったと思うし、あの微笑みを思い出せばこの先ひとりでも生きていけるし、絶対あれは運命であって詐欺ではない。


【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、お題に沿って少し不思議な短編、いわゆるショートショートを書く企画です。
報告不要で誰でもご自由に参加いただける企画となっております。(もしよければタグをご活用ください)
また、金曜日に間に合わなくてもOKなゆるゆるの企画です。過去分の参加もご自由に。
*次回(7/3公開予定)の第6回のテーマは『きらいなもの』です。

【テーマ一覧】
01 金曜日(5/1公開)
02 レモン(5/8公開)
03 蟹(5/22公開)
04 はじめての(6/5公開)
05 キャンセル(6/19公開)
06 きらいなもの(7/3公開予定)


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