金曜日のショートショート10

金曜日のショートショート(第10回目)
テーマ:ドラマ

『遺伝』

 私のママはドラマよりもドラマチックな人生を送ってきたらしい。

 大企業の社長令嬢として生まれ、年の離れた婚約者がいて、愛のない政略結婚が決められていた。だけど十六歳で出会った絵画の家庭教師と恋に落ち、すべてを捨てて駆け落ち。幸せな生活も束の間、私を出産後しばらくして、パパが病気になり失明し、絵も描けなくなり、闘病の末に永眠する。生活に困窮する中、元婚約者がママを見つけ、生活を保障をするからと当初の約束通りの結婚を求められる。女癖が悪く、隠し子も何人かいると知りながら、生活のために結婚を受け入れようとした矢先に、パパの絵が評価され高値で取引され、私とママの生活は守られることになった……とのこと。

「それって本当に実話?」
「実話だってば」
「メロドラマ、いや、完全に昼メロの世界だね」
 私の発言を聞いたママはリンゴを剥きながら笑っている。
「いや、それにはちょっと要素が足りないかな。だから娘が受け継いだのね」
「あー、交通事故と記憶喪失」
 私は告白の返事をするため愛する人の元に向かう途中に、交差点で信号無視の車に跳ねられたそうだ。頭を強く打ち、自分のこともママのこともほとんど覚えていない。だから入院中にリハビリも兼ねてママが身の上話をしてくれているのだ。
 確かにママの身の上には事故や記憶喪失の話はなかった。この二つはメロドラマには欠かせない要素だ。

「いや、他にもまだあるでしょ」
 ママがまた笑うので、私は毎日見舞いに来る二人の男性の顔を思い出し、また「あー」と唸った。その二人から熱い視線を浴びていると、記憶がないことがとても申し訳なくなるのだ。
 大切な人のはずなのに……。

「お隣さんの兄弟のうちどっちを選ぶつもりだったか思い出せるといいね」
 ママは、なんでもないことのようにさらりと言う。昼メロ展開にすっかり慣れてしまっているせいか、メンタルが強い。
 しかし「確かに三角関係も入れば、本当に母娘二代で完璧な昼メロにできるな」と笑ってはいけないのに苦笑してしまう私も相当なものだ。
 本当に、メロドラマ体質の遺伝は厄介だ。

「あっ、いや……、まだ足りないか。完璧なメロドラマにするには『血の繋がらない家族』要素がない」
「本当ね。じゃあ、この先、あなたの人生はもっとドラマチックなことが起こるかもね」



【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、隔週金曜日に、お題に沿って少し不思議な短編、いわゆるショートショートを書く企画です。報告不要で誰でもご自由に参加いただけます。(もしよければタグをご活用ください)
また、金曜日に間に合わなくてもOKなゆるゆるの企画です。過去分の参加もご自由に。
*次回(9/11公開予定)の第11回のテーマは『鍵』です。

◆テーマ一覧 ※()は公開日
01.金曜日(5/1) 02.レモン(5/8)
03.蟹(5/22) 04.はじめての(6/5)
05.キャンセル(6/19) 06.きらいなもの(7/3)
07.旅行(7/17) 08.シナリオ(7/31)
09.海(8/14) 10.ドラマ(8/28)
11.鍵(9/11公開予定)

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