金曜日のショートショート09

またしても金曜日に間に合わず……。一日遅れの金ショーです。

金曜日のショートショート(第9回目)
テーマ:海

『ハッピーエンド』

「はっ? なんで?」
 微かに聞こえた音で、眠気が吹っ飛んだ。
「あ、起きた?」
「起きたよ。ばっちり目が覚めた。で、何これ?」
 車の外を指さす。
「おとといの大雨で川が増水してて、やっぱりキャンプ場閉鎖なんだって」
 隣に座る深雪が答える。
「だからってなんで海なの? 他のキャンプ場は?」
 窓の外にはキラキラと光る海が広がっていて、波の音が聞こえる。
「大雨の影響だから周辺のキャンプ場は全滅。こっちはこんなに良い天気なのに、山のほうは今朝も雨だったらしいよ。で、仕方ないから海にしようってみんなで決めたの」
「そんな……」
「起こしても起きなかったのは瀬奈でしょ。確かに涼しくて快適だけど、車乗った瞬間から爆睡しててみんな笑ってたよ」
「酔い止めのせいだもん……」

 恋人になる前のいわゆる「親しいオトモダチ」状態での大学生の男女八人でのキャンプ企画だ。食材や機材もいろいろ準備しているし、中止にするのは惜しいのはわかる。だけど……。
「私、海だけはダメだって、ずっと言ってたよね?」
 今度は運転席と助手席から笑い声が聞こえてきた。
「瀬奈ちゃん、起きた途端またその話?」
「大丈夫だって、心配しすぎだよ。それに今度溺れたら俺が助けるから」
 子供の頃に海で溺れて以来、海が怖い。だから海には近づきたくない──という話では、やっぱり弱かったか。失敗したなぁ。だって山に行くはずだったのに、まさかこんなことになるなんて。これはもう本当のことを話すしかなさそうだ。
「あのね、その溺れたって話は嘘なの」
「はっ?」深雪が聞き返す。
「本当はね、あの……。海って事故多いでしょ。でね、私が海に行くと、その……、事故が起きるの」
 最後の部分は小声になる。
「えー、なになに? 夏だからって心霊系?」
 運転席から冷やかすような声が上がった。
「いや、冗談じゃなくて。臨海学校とか、高校生で遊びに行った時とかも……」
「辛い偶然が重なったんだね。でもこの海は穏やかだし大丈夫だよ」
 助手席の哲くんが振り返り、優しい声でそう言った。
 やっぱり無理か。だよね、こんな話で今更彼らが海へ行く流れを止められるわけがない。
「ほら、もう着くよ。それにしても外暑そうだね」
 深雪は楽しそうに笑っていた。そして前を走る一台が駐車場へと入っていき、この車も続く。
 私達を誘う優しい波の音が聞こえていた。海は哲くんの言う通り本当に穏やかだ。

 車を降り、浜辺へと荷物を運びながら、哲くんが私に微笑んだ。
「瀬奈ちゃんの海を楽しい記憶で上書きしよう」
 優しくてかっこよくて、彼のこと良いなって思っていた。まだギリギリ間に合うかもしれない。彼の手を引いて車に戻るべきだ──そう思った瞬間、強い風が吹き、私の帽子が海へ飛んでいった。
 ダメと言う間もなく、帽子を追って哲くんが波打ち際へ進む。すると突然激しい波が押し寄せた。足を取られて倒れる哲くんの元に走るが、間に合わない。
 後ろから友人達の悲鳴が上がる。
 スローモーションのようなのに、絶対的な強い力で彼は海へと攫われてしまった。

 波の音は、私には声に聞こえる。
『貢ぎ物をありがとう』
 そんなものではないと知ってるくせに、嫌味なのか。
 このままここにいると面倒なことになるので、哲くんを心配するように海に近づき、波に足を取られた振りをする。すると声の主が水の中で私を抱き締めて、海の世界へと運ぶ。彼が撫でると、私の二本の脚が尾へと戻った。
「勝手に人間界に行くと心配するだろう?」
 私の婚約者は海の王で、そしてかなり過保護で嫉妬深い。彼の気持ちが重すぎて、隙を見て逃げ出すのだけど、いつもこうやって連れ戻されてしまう。
「もぉ。私は人間と恋をして海の泡になるお姫様に憧れてるのに邪魔しないでよ。悲恋って美しいのに」
「海の泡になったら永遠に俺のものだね。それは確かに美しい」
「キモい」
「でも恋をする前にもれなく全員海に沈めるから大丈夫。安心して。泡になんてさせないよ」
 穏やかな波の音は人魚の歌声だ。これも彼の命令だろう。この声に誘われた運転手が海に向かうのは仕方のないことだった。起きていたら歌い返して止められたのに、私にはそれができない。
 私が脚を得るための代償は酷い車酔いだった。そのせいで車の中では眠るしかない。魔女から条件を聞いたときは代償にしては軽くないかと不思議に思っていたけど、全部彼の差し金だったのだ。眠っている間に海に誘われ、こうして毎回連れ戻される。
「君は絶対海に戻ってくるから俺らにはハッピーエンドしかないんだよ。はい、めでたしめでたし」
 ダメだ。溜息しか出ない。
 こんなにめでたくないハッピーエンドは聞いたことがない。だから、私が逃げるのは仕方ないことなのだと、かつて王子候補だった人間達に弁明したいのだけど、果たして許してもらえるだろうか。



【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、隔週金曜日に、お題に沿って少し不思議な短編、いわゆるショートショートを書く企画です。報告不要で誰でもご自由に参加いただけます。(もしよければタグをご活用ください)
また、金曜日に間に合わなくてもOKなゆるゆるの企画です。過去分の参加もご自由に。
*次回(8/28公開予定)の第10回のテーマは『ドラマ』です。

◆テーマ一覧 ※()は公開日
01.金曜日(5/1) 02.レモン(5/8)
03.蟹(5/22) 04.はじめての(6/5)
05.キャンセル(6/19) 06.きらいなもの(7/3)
07.旅行(7/17) 08.シナリオ(7/31)
09.海(8/14) 10.ドラマ(8/28公開予定)


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