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【SF小説】まだ見ぬ地上

「では、これより地上の調査に出発する。各隊、準備はいいか!」
「イエッサー!」防護服に身を包んだ特攻部隊が一斉に敬礼する。巨大な地下シェルターの中に作られた地下帝国からは、地上へと繋がる階段が作られていた。


 始まりはウイルス飛散型核兵器の完成だった。第三次世界大戦が始まった今世紀。X国が作り上げたその核兵器は人類を絶望に陥れた。空気感染により、内臓を破裂させ血を吐き悶え苦しんだ末に死ぬウイルスは、一つ落とすだけで瞬く間に国全体に広がった。増殖の一途を辿っていた人類は半分に減り、感染を防ぐ術は無かった。やがて地下シェルターへと逃れた残りの人類達は、地下帝国を作り暮らし始めた。


 一方、核兵器を放ったX国はどうなったのか。鎖国状態だったその国は秘密裏に抗体を作り上げていた。人体実験を厭わないX国は、死刑囚で実験を重ねた末、自国民に対しては事前に抗体を打っていた。自国を防衛した上でウイルスを飛散したのだ。これにより地上はX国に支配されてしまった。
 
(地上調査か。嫌だな・・・。俺はもう地下(ここ)の生活で十分満足だよ・・・。) 
Y氏は地下自衛隊の一隊員だ。しかし自ら進んで志願した訳では無かった。人類が地下に潜った頃、緊急的に作られた地下自衛隊。最初こそ機能しなかったものの、数年、数十年と経ち、地下で暮らす為の設備の整備や、地上調査の準備など仕事量は増えていった。若者は必然的に自衛隊に駆り出された。地下に篭った人類は再び、地上へと出る事を計画していた。・・・と言っても計画しているのは地下で作り上げられた政治組織のお偉いさん達で、地下で生まれ、地下で育った若者にとっては地上に執着がある者は少なかった。これも時代の流れというものだろうか・・・。
 


「地上って何があるんですか?」
地上へと向かう途中、Y氏は先輩に聞いた。
「そんな事も知らないで入隊したのか?今や地上は荒れ地状態だよ。長いこと地上に向けて探索カメラを飛ばして調査していたが、調査を始めた当初からX国の人間はどこにも見当たらない。どこに行ってしまったのか、ウイルスがどうなったのか、調査するのが今回の目的だろ。」
「なるほど、そうだったんですね。」
Y氏はいささか抜けている所がある様だ。
地上へ到着した地下自衛隊は、それぞれ調査を始めた。主な目的は地上の状態の確認。住むことが出来る状態かどうか、空気や砂を採取し地下に持ち帰り研究する。また、X国の人間を探索することも行われたが、地上にはもはや人の影は見当たらなかった。地上を占拠したX国はどこに行ってしまったのだろうか?


幾度と無く地上を調査した結果、分かった事があった。それは地上にはまだウイルスが残っているという事だ。防護服無しで地上に出られる状態では無い。次の段階として、X国が作り上げた抗体を、再び地下帝国で作り上げる計画段階に入った。だがしかし、それには問題があった。抗体を作るためには人体実験が必要になる。X国が行ったような非人道的な実験を繰り返すべきか?人体実験を行うくらいなら、地下に潜ってこのまま暮らした方が良いのではないか?議論は白熱し意見は割れた。Y氏の様に、主に地下で育った若者たちは変化を好まなかった。
更にもう一つ議論される点があった。地上から居なくなったX国の存在だ。X国は、調査により滅亡が確定した。元々自国での食料の生産が少なく立場が弱かったX国は、核兵器により戦争での勝利を得たかった様だが、結果的に他国が地下に逃れた為自滅した・・・というのが研究者が導き出した結論だった。しかしX国民の滅亡には、地上の環境の変化を唱える研究者も居た。安易に地上に出ない方が良いのではないか?と疑問を呈していたが、地上に出る事を誓約に掲げた政治家のトップにより、難なく潰されてしまった。


ある日Y氏は自衛隊の図書館で文献を読んでいた。
「はー、『お前もちょっとは勉強しろ』だなんて、勉強は俺に向いてないんだよな。」
地球が出来てからの歴史、人類の進化、戦争、一時は訪れた平和の時代。そして再び始まる第三次世界大戦・・・それらの内容を読んでレポートにして提出するのだ。
「へー地上っていうのは高い建物が沢山あったんだなぁ。この間見た時は荒れ果てた建築物ばかりだったからな・・・。」
文献を読むうちに、Y氏の心の中に地上への憧れが少しずつ出てきた。高い建物、広い海、どこまでも広がる青空。これが地上なのか・・・。その時、手元の携帯が鳴り自衛隊員に一斉に呼び出しがかかった。
「おっと、呼び出しだ。行かないと。この本は…とりあえず借りていくか。」
本を小脇に抱えて、慌てて図書館を飛び出した。


「今日君たちを呼び出したのは他でもない。我々自衛隊に対して、ウイルス抗体を発見して来いという命令が下った。人類が、地上に出るか地下に残るか決定する重大な任務だ。直ちに地上調査に出る。」
「え、抗体の発見?」
Y氏が思わず驚いた声を上げた。
「そうだ。過去にX国が作り上げた抗体を保管してある場所があるかも知れん。それを探し出す事が、人類が地上に出る最終手段なのだ。」
Y氏は以前と違い、「地上に出る」という言葉に胸が躍るのを感じた。そうか、抗体の発見・・・。抗体が見つかれば今の殺風景な地下帝国から脱出し、美しい地上で暮らす事が出来るのか・・・。
防護服に身を包んだ地下自衛隊は人員を増やし、探索隊を結成した。X国があった辺りを探索する。荒れ果てた建物の中、研究室のような場所を見付けた。Y氏の部隊は研究室跡に入り、遂に抗体の保管場所を発見した。厳重に鍵が掛かっていた様な形跡があるが、今や錆ついており壊すことは容易だった。
「やった、ついに発見したぞ!これが抗体だ!早速持ち帰るぞ!」
地下自衛隊は、抗体の発見により偉大なる功績を残した。

***
 
かくして人類は抗体を打ち、地上へと出る段階になった。荒れ果てた地上では建物の再建が行われていた。新たなる人類の歴史が今ここに刻まれるのだ。
「生まれ育った地下ともお別れか・・・殺風景な場所だったけど、愛着があったんだけどな。でもこれで、夢に見た地上での生活が始まる・・・楽しみだな。」
感慨深い気持ちに浸りながら、Y氏は朝の支度をしていた。顔を上げて鏡を見る。
「太陽、ってものに当たらない生活だったから俺の肌も白いよな・・・最近益々白くなってきやがった。地上に出る為には、肌を強くしないとな。」
ひげを剃りながら鏡を見ているうちに、疑問が湧いた。俺の髪は、こんなに赤っぽかったっけか?


 
その頃、政治の上層部では混乱が起きていた。
「いいか!絶対に情報を流すな!これは・・・大パニックになるぞ・・・」
政治家達は皆、頭を抱えて青白い顔をしていた。抗体が見つかった研究所から、X国民と見られる白骨死体が見つかった。その頭蓋骨は、顔が大きく上顔部が前方に突出し、まるで旧石器時代のネアンデルタール人そっくりだったのだ。

ばさり。鏡を見てしきりに首をかしげるY氏の後ろで、図書館で借りた本のページが開いた。ネアンデルタール人の項目にはこう書いてあった。


『DNAの解析結果より、ネアンデルタール人は白い肌で赤い髪だったとの説がある。絶滅した原因はよく分かっていない。一部の研究者によると、共食いの習性があったと考えられている。』

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