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ハッピーバースディ

13日は、私の誕生日でした。
何歳になったのかは…(=^・^=)←隠すほどの事でもないけど

娘たちからのLINEは、想定内でもやっぱり嬉しい。
長女は2歳の孫と一緒に音声入りのハッピーバースディ♪をくれて。
三女は彼の声と一緒にお祝いしてくれて。

思いがけなかったのは、教室の生徒さんや作品を購入してくれてるお客さんからのお祝いメール。覚えててもらってるだけで幸せ。

今日は、関東に住む三女からプレゼントが届いた。
大好きなリサ・ラーソンの猫の置物と、毎年送ってくれるロクシタンのハンドクリーム。
三女は、私が身体のパーツの中で、一番好きなのは「手」だということを知っている。色んなものを作り出す、手。制作していく上で何より大事にしているパーツだから、せっせとお手入れしてね。ってとこかな。
三女も9月生まれ。もうすぐ誕生日がやって来る。
さて、お返しも兼ねてお祝いは何にしよう…

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三女を妊娠した24週目
朝、起きて歩こうとした瞬間、右足に激痛が走った。
あまりの痛さに一歩も歩けない。
抱えられるようにして病院へ。

この経緯は過去記事の【ある日突然】に書いているので、その部分は省略し、その後の事を書きたいと思う。

入院し、脊椎からのブロック注射で痛みをマヒさせていた頃、病院内の産科で診察を受けるよう連れて行かれた。
診察室へ入ると、50代ぐらいの能面のような顔をした医師が椅子の背にもたれて座っており、傍らには、見るからに若いインターンが立っている。キリギリスのような顔。
医師は、うすっぺらのカーテン越しに手だけをこちらに伸ばして来て、超音波の診察が始まった。
カーテンの向こう側で、医師がインターンに向かって、ひそひそ話をしている声が聞こえて来る。
「ほら、ここをよく見て。あー、頭が少し大きいでしょ。こういう場合はまず水頭症の疑いがあるんだよ。それに、ほら、ここね。腕の長さが左右違ってるでしょ?これは上腕不揃いね…」

人の姿がはっきりと透けて見えるほどの薄いカーテンの向こう側に寝かされている妊婦が、自分たちの会話をどんな思いで聞いているのか?そういうことさえ考えられない医師たち。

この病院へ入院してからというもの、何枚も腹部のレントゲンを撮り、絶えずブロック注射を投与し続け…お腹の赤ちゃんに何か影響があったらどうしよう、とそればかりが頭から離れずにいた私にとって、この医師の発言はあまりにもショックだった。

病室へ戻るため、車いすに乗せられる。
診察が終わるのを待ちかねていた母が「どうだった?先生は何て?」そう聞いてきた瞬間、我慢できずに号泣。
医師が話していたことを母に告げる。
車いすを押しながら、母は怒りを込めた声で「大丈夫。何も心配しなくて良いから。万が一、生まれた子に何かあっても私がちゃんと育ててあげるから。」
いつもの冷静な母らしくない感情的な言葉だったが、あの時の私には何より頼もしく心に響いた。

こんなデリカシーのない病院では絶対に産みたくない!
元々のかかりつけの産婦人科では、出産の時にもし、また坐骨神経痛の症状が出たらうちでは対応が出来ないから…と難色を示されたが、心無い医師の態度を話すと、「さすがにそれはダメだな。」と理解し、受け入れてくれることになった。
その後の定期健診でも、十分に時間をかけてお腹の赤ちゃんを見てくれたが、先生の見立てでは、何も問題は見られない、ということだった。
予定日よりも1週間ほど早めに生まれて来た娘。
先生は、娘を取り上げるなり、頭囲と両手の長さを測り「お母さん!赤ちゃん大丈夫ですからねー。安心してね!」と大きな声で知らせてくれた。
上の2人の娘たちよりも一回り大きく生まれて来た三女は、その後もすくすくと成長し、三姉妹の中で一番背が高い。頑固で意地っ張り。母親のDNAもしっかり受け継いでいる。

三女を出産した産婦人科では、陣痛から出産を終えるまでを動画撮影して退院時にプレゼントしてくれていた。
「子どもが思春期になって、非行に走りそうになったらこの動画を見せなさい。母親がこんな痛い思いして自分を産んでくれたのだと知ったら、絶対親を悲しませるようなことはしないから。」先生の持論。

偶然にも、長女が出産したのもこの産婦人科。
親子二代でお世話になっている。


「誕生日は、プレゼントをもらったりケーキを食べたりする日ではなく、自分を産んでくれたお母さんに感謝をする日です。」
娘たちが通っていた幼稚園のお誕生会での、園長先生の言葉がずっと心に残っている。

お母さん、産んでくれてありがとう。
母が生きてる時に言えば良かった…。

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