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酔って思ったことを連綿と書き残す53「味の素です」
はしがき。
六月になりました。D月間、太宰太宰な一ヶ月の始まりですね。
今年は初めて、桜桃忌に行って参ります。お供えするものも、既に購入しました。
味の素です。パンダの顔したやつ。
あけぼのの鮭缶も一緒にお供えすべきかどうかを、今、そっと考えているところ。考えつつ、自分用のも購入して、日々、あらゆるものにかけております。パンにかけたり、目玉焼きにかけたり。D先生よろしく、大量にかけないといけないことだけは、なんとなくわかってきました。
そっと、病みつき。
個人的には六月は、太宰さんのみならず、SOFT BALLETの森岡賢さんの命月でもあります。
画質はいまいちですが、結構これ好きです。ソフトバレエに関しても、私はこの曲が一番好きかもしれない。第一期の解散前のアルバム「Form」に収録されている曲です。
私も森岡さんといちゃいちゃしたかった。
この動画で、裸でキーボードを演奏しているのが森岡賢さんです。
彼のお父様は「ブルー・シャトー」を作曲された、森岡賢一郎さん。今でいう、生粋の港区男子ですね。
そんな森岡賢さんは、八年前の六月三日にお亡くなりになりました。忘れもしない。京王線の下高井戸駅と桜上水駅の間の踏切あたり。車内で、その訃報を知りました。愕然とした。愕然としたというか、「ようやくか」という思いもありました。個を貫くという行為は、難しいことですから。享年四十九。今年の私が、あと三年後に死ぬようなものですね。
小学五年生の時に彼を知り、私のお耽美な青春時代に思いっきり色を添えてくれたお方でした。本当に、鮮烈でした。
自身の体験から思うに、零代の終わり、十代の終わり、二十代の終わり、三十代の終わりって、だいたいいつも、「もういい加減いいかしら」という思いを胸に、何かしらのやんちゃなエピソードを起こしているような気がします。順繰りに辿れば、自殺未遂をしたり、屋上を散歩して通報されたり、屋上を散歩して住民に諭されたり、見知らぬ男性とつながりまくってダダイズム的な日々を渋谷で送ったり。太宰さんも享年三十八。森岡さんも、享年四十九ですね。
何か、あるんでしょうかね。終末感みたいな、生命を煽る何か。
自身の四十代の終わりがどうなっているのか、却って楽しみでもあります。
今回も引き続き、『シン・死の媛』二章の続編です。
この次が、二章ラスト。
三章は、タイトルにもなっている、死の媛のパートです。
プロットが既にエグいので、どこまではっちゃけたらいいものか、今から悩むところなのですが、悪い意味ではなく、よくよく考えたら『東京喰種』が認知されているような世の中ですし、沙村先生の漫画も認知されているほどですからね。ネット上のエッチな広告も、本当にとんでもないことですし。
ここまで抑え気味にしておいて、却って良かったのかもしれません。
体験に基づいた、残念な次章になると思います。まさに、味の素。
*
ハムライスは冷め切っていた。
時刻はまもなく午後二時。レストランみかどのランチ営業が終わる。
「それ、持ち帰るかい?」
日曜日だというのに、店内はがらんどう。残っているのは私一人だった。早々にシェフハットを取ったステエクは、両切り煙草を噴かしている。乳白色の紙包みには満天の星。二十六錢に値上がる、幾星霜。私は、勿忘を喫む気になれない。
ツナギが、帰って来ない。
「ここに間に合わなかったら、家にでも帰って来るんじゃないかい?」
やさしく鷹揚なシェフの言葉も、返す気になれない。
ツナギは、雑な性分です。
でも、本当は違う。特に時間に関しては、几帳面すぎるきらいがあるのです。
昨夜のことを反芻する。
途中で通信が切れたのは、泥酔した私に呆れたのだと思っていた。
もしかしたら、昨晩、彼になにかあったのではないだろうか。
捕まっていやしないだろうか。
拷問を受けたり、していないだろうか。
彼が消えてしまったら、いったいどうしたら良いのでしょう?
どうなって、しまうの?
「これ、詰めるよ?」
註文者不在の晝食を、ステエクが下げる。半分に減った二杯目の珈琲は、天井の灯りだけを投影する。
正午にナポレオンに会いに行く。
彼のモールス信号は、少しだけ早口だった。
不安。
何も、考えられない。
「だぁいじょうぶだよ」
ぽん。
左肩に、大きな手のひら。
「彼は、内乱を生き抜いたエリートだよ?」
ツナギ。
一昔前、燦州内乱から生還した、たった一人のエージェント。
「そのうち帰って来るさ」
中肉のナポレオン閣下は、トレンチ片手に厨房へと戻ってゆく。その左足は、太腿から下がない。閑かな時、彼の歩みから、その幽かな金属音を聞き取ることができる。気息奄々の陸軍大佐は、偶々居合わせた少年により、シェフとしてこの世へと戻ってきた。
珈琲を舌に転がし、席を立つ。
『好きです、どうぞ』
昨晩、彼の残した言葉。
こんな、身に余る恋情さえなければ、いくらでも、あなたを待っていられるのに。
「また、来ます」
市電を伝い、家路に就く半刻の間に、雨は上がり、秋虹がかかった。
一錢銅貨、五枚。
針を差し込み、開く。
キネの特種は、五十齣のマイクロフィルムに収められていた。
明るくなってきた外光にフィルムを透かし、くしゃくしゃの外套から懐中時計を取り出す。ルーペを仕込んだ蓋を開き、一齣ずつ覗き込む。白亜の建物。全裸の人々を選別する、白衣の集団。トラックから降ろされる、大量の貨物。立派な滑走路。整備班が戦闘機の前に集まっている。試作機だろうか。
寫眞は、室内へと移った。
気障なポーズの、白衣の異人。
薬剤を散布される、火傷を負った子ども。
椅子に坐る、目をくり抜かれた女性。
どうして、こんな非道が行われているのか。
どうして、この寫眞をキネが撮ることが可能だったのか。
寫眞は、再び外へ。
一機の、ユンカース。
「どうして、ここに」
哥鳥に降り立ったはずのドイツの輸送機に、搭乗する複数人の影。哥鳥から飛行してきたものなら、哥鳥にいるツナギが目撃しているはずだ。
「例の、ドイツの使節団かしら」
暗号電文にも記されていた、ドイツ使節団と燦国外相との会談。それが秘密裡に行われた、そういうことだろうか。
ツナギが、機影を見落とした?
それとも。
「見れ、なかった?」
再び、昨晩のやりとりを思う。不自然に途切れた、あの通信。
やはり、哥鳥へ赴くのを止めるべきだった。
ツナギが解読した五通の暗号電文と、キネのマイクロフィルムは、伝書鳩のさくらとけやきに託した。相変わらず不機嫌なもみじは、水遊びで鬱憤を晴らしている。
その隣の鳩舎を覗くと、日向でおっとりと坐る、えのきの姿があった。
「おかえり」
早かったね。そう労うと、くるる、と愛らしく喉を鳴らす。取り外した通信筒の中には、マイクロフィルムが収納されていた。どうせ、いつもの調査依頼書です。さっさと見て、燃やしましょう。
時刻は、三時。
ツナギはまだ、帰ってこない。
勿忘に火を点ける。紫煙は風に乗り、青空の覗く南の空へと流れ、霧消する。
レストランみかどへと戻ると、既にお二人はご着席なさっていた。
「事情は、ステエクから聞いた」
開店直後、午後五時。
断髪の鬘と、紺色のワンピースをお召しになった陛下は、開口一番、そう仰った。
「このようなことになり、申し訳ありません」
先ほど、家路に就いた折に、郵便局でお二人に速達電報をお送りしていた。万が一、ツナギに何かあれば、私の身も危うくなる。その前に、陛下と美柃にお会いしておきたかった。
「私は、いいんだ。もとは私の我儘なのだから」
凡てをご明察の陛下は、燦国を離去されるにあたり、正面の美柃を気遣われた。
「すまないな」
いいえ、と、然らぬ声。
「非常時ですから」
結局、美柃に故郷の安否を確認させてあげられなかった。ツナギが帰ってきたらすぐにでも、と思っていたのに。
「何か分かったら、聯絡するから」
そうは言えども、そんな目処はない。嘘を吐いているようで、少し胸が痛んだ。
凛、とドアベルが鳴り、這入ってきたのはカロッテさんだった。
「お呼び立てして申し訳ありません」
席を立ち、非礼を詫びると、カロッテさんは首を振った。陛下に一礼し、円卓の、空いている一席へと腰を下ろす。
「ハムライスが、品切れの可能性だとか」
カロッテさんには、そのように聯絡を取らせていただきました。
「彼は、どうなのですか?」
またドアベルが鳴り、見知らぬ家族連れが入店する。いらっしゃい。まるで動じることのない快活なシェフの声が、奥の厨房から届く。
「あまり、芳しくないと存じます」
約束の正午から、五時間が経過した。
「ところでみなさま、火曜日の夜、ご都合は如何でしょうか?」
これは、お三方へのお伺いです。
「私は問題ありません」
カロッテさん、ここからは人の目があるので、本来のお名前でお呼びします。火蔘さんは、夕凪のような穏やかな面持ちで快諾してくださった。
梅さまとさちも、無言でご首肯になる。
「では、十一時に『いい作戦』です」
俄かに、カレーライスの匂い。
「いい作戦だな」
「いい、匂いですね」
さちのその返辞は、どちらのことでしょう?
「いい作戦、とは?」
席を立ち、火蔘さんに耳打ちをする。「なるほど」
私は、そのまま厠へ。
鏡に映る私は、ひどく蒼ざめていた。思わずコンパクトを取り出し、顔を直す。
戻ると、
「では、もう一人呼びましょう」
火蔘さんはまたも、意外な提案を出された。ご姉妹は既に、そのオプションをご承諾済みのようだ。
「あの辺りは、良い材木が採れるんですよ」
火蔘さんは、建築デザイナーでもある。
「折角ですから、部下を引き連れ、商談でもしてから帰ります」
これで、運転手の火蔘さんは、怪しまれる理由がなくなる。
「良い作戦ですね」
これは、本来の意味合いで言った。『E作戦』とは、敵地脱出に於ける、嘉国軍の極秘メソッドのひとつ。実行は、国境防衛部隊、ゲボーゲンハイト始動の三日前。
ツナギの一件もある。御身がより危うくなる前に、本国へとお戻しするしかない。
陛下とお会いできるのも、今日が最後。
「おまちどうさま」
シェフが、梅さまのお席にカレーライスを供する。その上には、こんがりと焼き上げられたグリルドチキン。
「美味しそう」
妹のさちが、心底羨ましそうな顔をする。
「私も、それを頼もうかな」
火蔘さんがシェフに、さりげなくスペシャルメニューを註文する。
「誰か一人は、メニューから頼んでよ?」
シェフが失笑混じりに私を見た。つまり、美柃は、あれか。オムレット・カレーライス。
私は、何も考えてなかった。
「とりあえず、プデングを」
いつものをお願いすると、スプウンをお手に取った梅さまが、去り際のシェフを呼び止める。
「追加で、カレーライスをくれ」
全員が、梅さまのご発言に息を呑んだ。
「絢の分だ」
お二人分、お食べになるのかしらと、びっくりしました。しかし。
「あの、」
「要らないなら、今は食べずとも良い」
お上品に、一口、カレーライスをお召し上がりになる。
「しかし、その食生活は、次回までに改善するように」
次回。
それは、梅さまが決して、燦国をお見捨てにならない、もしくは、ツナギの命をお諦めではないという、お覚悟の籠もられたお一言でした。
「勿体ないお言葉を、有難う御座います」
そして、ご叱責には、素直に反省するしかありません。
美柃の註文したオムレット・カレーライスと、火蔘さんご所望のグリルドチキン・カレーライス。
そして、私のプデングと、カレーライス。
最後の、賑やかなディナーでした。
十一時。
レストランみかどの、丸看板が消灯する時間。
珈琲を、何杯飲んだのでしょう。
ツナギは、帰らなかった。
「絢ちゃん」
さすがの元陸軍大佐におかれましても、非常の、宵の鴉の一声にすら気を張り詰める様子が窺えた。
「ここは、安息でなければなりません」
あくまでステエクは、我々協力者の一人です。ツナギが食い止めたそのお命を、私が危うくしては駄目だ。
「これまで、色々と有り難う御座いました」
席を立つ。最後に、みかどのカレーライスを食べられて良かった。辛かったけど、美味しく頂けました。
幸い、外から怪しげな気配は感じられない。
ドアノブに手をかけると、
凛。
ベルが、強く鳴った。
開けるのを寸手で止めた、ステエクの逞しい左腕が、私の左頬へと触れる。
「駄目だよ」
ドアから引き剥がされ、厨房へ。照明が落とされ、店内が真暗闇に転ずる。
「いる」
慄ッとした。
「正午に、ナポレオン」
眼前の元陸軍大佐の声は、却って朗らかな様子だった。
「とんだ失言だよ」
途端に、或る顔を想起した。
「彼じゃあない」
リントヴルム団陸軍少尉の関与を、咄嗟に否定する。
「ただ、彼の未来は、ないかもね」
少尉は、泳がされていた。そうとでもいいたげだった。
「ここは、守るよ」
やっと、出番。
そう言い置き、彼が開いた床下収納は、何も収納されておらず、縄梯子だけが地下深くへと続いていた。元陸軍大佐は、シェフの装いをステンレスの作業台へと放り投げ、幾星霜へと火を点ける。
「どうだい?」
「お供、いたします」
勿忘が、その火種を貰う。
「トム・ソーヤの、逃避行さ」
日付の変わる、午前零時。
通信基地、四〇四〇。
彼と繋がった。
「ユリウス、アハト、」
そのモールス信号は、何かを参照しながら、辿々しく言葉を連ねてゆく。
ドライ、クヴェレ、ハインリヒ。
間違いなく、ツナギではない。
礼に欠ける二言を割り入れ、通信を切った。
呼吸の仕方が、わからなかった。
「絢ちゃん?」
おそらく、探知された。
それでも、ツナギの身が、拘束下にあることは確認できた。
もう、戻らない。
目の前にあるはずの送信機が、小さく霞む。
ツナギが、もう。
「絢ちゃん」
躰が、大きく揺さぶられる。
「大丈夫だよ」
他人の体温が、私を包み込んだ。
「僕に合わせて、息をするんだ」
吸って。吐いて。
優しげな声が、躰の中に、直接届く。
吸って、吐いて。
ステエクに合わせ、息を継ぐ。長く息を吐き出せた途端に、泪が零れた。
「あ、」
瞬きの数だけ、頬を伝う。より強く抱きしめられ、彼の、生成りのシャツを湿らせる。躰が激しく顫えていることに、今のように気づいた。まるで、こわれた人形だ。
「大丈夫だよ」
何度も発せられる、あやす声。
少しずつ私は、人に戻る。
「落ち着いた?」
体温が離れ、見つめる眸は潤色。
「そろそろ、行こう」
彼の手先は、努めて冷静に、ツナギの無線機をバラバラにする。
「下へ」
促され、階段を下るそばから、頭上で火花が散った。
破裂音。
「大丈夫だよ」
燃え盛る、炎。
「彼も、僕も、絢ちゃんを守るから」
それから私たちは、野次馬を演じた。互いに煙草を喫みながら、彼の生きた場所を見送った。
「うちに来ない?」
それがステエクの、身を挺した報酬のようだった。
ちょっと、微笑ましい。
「なんだよ」
照れている。
その恋慕は、聢と受け取りました。
「ツナギが、あなたを助けた理由が少しわかりました」
実直。
そして、少し卑怯。
ツナギとは真逆のお人柄。
彼は、天性の嘘つき。ドジを踏むのも、家を散らかすのも、煙草を吸いすぎるのも、お別れのキスをしないのも、全部、嘘。
今回も、きっとそうだ。
悪い冗談。
「良いですよ」
そう、答える。ツナギが聞いたら、怒るかしら。
あなたを求めながら、私はまた、違う人とつながるのですね。
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