見出し画像

【ショートエッセイ】大きな窓から森と山が見える

ぼくの家のベランダの窓から山が見える。
森の向こうにある小高い山だ。

晴れている時はすごく眺めがいい。
曇りの日は、時々雲がかかってまた味がある。
雨の日は雨に煙った姿もまたいい。

とにかく静かだ。
ぼくはこの山を見ながら、ソファに座って執筆をする。

頭の中を空にして、山だけを見る。
時々、息子の話し声がうるさいけど、ぼっーと山を眺めていると、頭の中にいろいろな記憶が巡る。

それも海馬の片隅に追いやられていたような些細な記憶だ。
運動会で起きた奇跡的な出来事。
親父が死んだ日の息子が言った一言。
母にご馳走してもらったラーメンのこと。

なぜかはわからない。
急に幾つもの記憶が海馬から引き出されてくる。
よく覚えていたなぁ、って我ながら思う。

この家に引っ越してから21年が経つ。
山の中とわかっていたが、あえてこの家を選んだ。
交通の便が悪い。
冬が寒い。
周りの道は坂だらけで自転車は使えない。
近くに大きな施設が何もない、だから自動車がなければ生活に困る。

良いことと言えば、静かなことくらいかな。
夜、寝静まれば聞こえるのは虫の声くらいだ。

良いことと悪いことを比べると、悪いことの方がはるかにウェートが大きい。

しかし今になってこの静かさが大切に思える。
この静かさのお陰で、エッセイを書くことができる。

こんな不便な家に20年以上も住み続けて、やっと恩恵に預かることができた。
何事も長く続けていると何かいいことがある。


小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。