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【連載小説】小五郎は逃げない 第37話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

 新選組に拉致された恋人・幾松の奪還に成功し、桂小五郎と岡田以蔵は愛犬・寅之助とともに新選組との前代未聞に戦いに挑む。

 京の町を縦横無尽に駆け抜け、新選組隊士を少しずつ戦闘不能にする作戦はうまく展開していたが、綻びが見え始める。しかし寅之助の活躍で作戦は軌道に戻ったように見えたが・・・。

愛する人を守るために・・・、桂小五郎は京の町を駆ける。

奪還 5/6

 桂はこの戦いが終われば、寅之助を以蔵から引き取りたいと思っていた。以蔵も一緒に長州に来てくれると言っている。長州に帰れば、以蔵にはやってもらいたいことがたくさんある。高杉が画策している兵力の増強に、以蔵の力が必要になる。以蔵の戦闘スキルを、新たな兵に伝授することができれば、個々に高い戦闘能力を持った無敵の兵団を作ることができる。以蔵にはぜひその団長になってもらいたい。桂はその指揮官となる。そうなれば、以蔵は日本中を連戦して回ることになり、寅之助の面倒を見ることができない。長州に留まって指揮を執る桂なら、寅之助の面倒を見ることができる。いや、そんな筋書きはどうでもいい、とにかく桂は寅之助と一緒に居続けたいと心から願っていた。
 
 沖田を介抱しようとして出遅れた斎藤は、かなり後方から桂を追っていたため、寅之助の威嚇には遭遇しなかった。しかし、寅之助の不審な動き方を、見逃してはいなかった。
「おまえらぁ、止まれぇー」
 斎藤は最後尾を走る数人の隊士に大声で叫んで呼び止め、指令を与えると南の方角に向けて路地の中に入って行った。
桂はやがて三条通を左折して、烏丸通を南下し、蛸薬師通を目指した。六角通より一つ南にあり、二百五十メートル程走らなければならない。桂は予定通り隊士たちを引き連れて烏丸通を左折し、蛸薬師通を東走した。一キロメートルほど先に以蔵が待っているはずである。
 
以蔵はすでに配置についていた。寅之助も三条通で新選組隊士たちを追い立てた後、すでに以蔵の元に戻ってきていた。
「そろそろ小五郎が戻って来るぜよ。トラ、行け」
 寅之助はまた隊士たちを分断すべく走り出した。そして、以蔵が物陰からゆっくりと通りの中央に出た時、それに呼応するかのように、一人の新選組隊士が路地から姿を現した。新選組三番隊隊長・斎藤一である。
「ほー、わしらの作戦によう気が付いたがぜよ。あがーにうようよと仲間がおるけんど、一人でわしの前に現れるとは、ええ度胸をしちゅうが」
 
 以蔵はこの男がただ者ではないことを瞬時に感じ取った。そろそろ桂がこの場所に辿り着くはずだが、それまでにこの男を倒すことができるかどうか・・・。
「おまん、名前は何ちゅうがかえ」
「おまえは屯所の周りをうろついていた乞食だな。おまえに教える名前などない」
「ほー、えらく舐められたもんやき。わしが巷をにぎわしちゅう人斬りだと言うたら、教えてもらえるかえ」
「人斬りだと。闇夜に暗躍する人斬りが、白昼堂々と騒ぎを起こしておいて自分から名乗るとは、気でも狂ったか。おまえがだれであろうと、知ったことではない。邪魔するなら斬り捨てるまでのこと」
 斎藤はゆっくりと抜刀し刀を構えた。
「時間がないきに。ほいたら行くぜよ」
 以蔵は木刀で斎藤に一刀を繰り出した。
 
 蛸薬師通を東走する桂は、正面から自分の方に向かって走って来る寅之助の姿を確認した。
「二週目も予定通りだな」
 そう心の中でつぶやいたその時である。走って来る寅之助のすぐ後ろで、数人の新選組隊士が、左手の路地から通りに飛び出してきた。桂の姿を見るや否や抜刀して向かってくる。その隊士たちは、斎藤の指示により六角通から蛸薬師通へ路地を走り抜けて、桂の逃走ルートをショートカットしてきたのであった。
 
 桂の背後には、二十人近い隊士たちが迫って来る。これでは挟み撃ちにされる。桂は思わず立ち止まった。ここで二十人以上の隊士たちと一人で戦闘をしたとしても、当然ながら勝ち目はない。少しでも時間を稼いで以蔵が来るのを待つか。その以蔵がこの状況を把握していなければ、こちらにやってくることはない。桂は頭を巡らしている時に、通りの東向こうで一人の新選組隊士と斬り合いをしている以蔵の姿が微かに見えた。しかもその隊士が、鴨川沿いで桂を追いつめた凄腕の剣士だと言うことが一目でわかった。これでは、以蔵のサポートも期待できない。東西からは、隊士たちが迫って来る。
「トラっ、頼む!」
 
 桂は寅之助にそう叫ぶと、南の方角に向けて右手にある近くの路地へ飛び込んでいった。ルートをショートカットしてきた数人の隊士たちが、桂を追跡する。寅之助は背後から迫って来る隊士たちを足止めするべく西へ走った。
「次の錦小路通の戦闘場所で予定通り敵を討つ。以蔵殿は必ず来る」
 桂は蛸薬師通での戦闘を諦めて、今度は桂の方が路地伝いに南に走って逃走コースをショートカットし、錦小路通にある次の戦闘予定場所へと走った。桂は寅之助が後続の隊士たちを足止めしてくれている間に、以蔵と共に桂が引き連れている数人の隊士を倒そうと考えた。しかし、寅之助が足止めに失敗するか、以蔵が予定場所に来なければ、桂が負けることは決定的になる。これは、桂の賭けだった。
 
「新選組を相手に木刀で戦おうなど、正気の沙汰ではないな」
 斎藤は余裕綽々である。以蔵の木刀は、あっという間にぼろぼろにされてしまった。次の一太刀で折られてしまうかもしれない。やはり真剣を持った斎藤には歯が立たないのか。以蔵の方も戦闘の合間に、桂が路地に逃げ込んでいく姿を目撃していた。すぐにでも助けに行かなければならないが、目の前の敵があまりに強すぎる。それにこちらは真剣を持った剣豪に、木刀で挑んでいる。あまりに分が悪い。上段に構えた斎藤の電光石火のような一撃が、容赦なく以蔵に襲いかかる。かろうじて木刀で受け止めたが、へし折られてしまった。以蔵は追いつめられた。
「丸腰の相手を斬るような悪趣味はない。降参しろ」
「これで勝負あったと思たんやったら、大間違いぜよ」
「妙な訛りだな。土佐藩の者か。武市半平太が佐幕派の暗殺を次々に繰り返していると言う噂を耳にしたが、その手の者か。武市のことについてしゃべるなら、命だけは助けてやる」
「さっきからまだ勝負は終わっとらんって言うとるきに。まっことわからんやつぜよ」
「死にたいようだな。では斬り捨てる」
 
 斎藤はそう言い終わるや否や、再度上段から以蔵に一刀を繰り出した。以蔵は素早く後方に下がり、右足で地面を上から踏みつけた。昨日のうちに地面を掘って隠しておいた木刀が、土埃と共に跳ね上げられた。以蔵は空中で木刀を掴むと、斎藤に向けて真一文字に振った。今度は斎藤が後ろに飛びのいたが、以蔵は連続して木刀を振り続け、斎藤をどんどん後ろに追いやった。しかし、相手の武器はたかが木刀である。斎藤は以蔵の木刀を自分の剣ではねのけると、後ろに引いた右足で地面を蹴って逆襲に転じようと前に出た。斎藤の上段からの攻撃は、再び木刀をへし折るために渾身の力を込めて放たれたため、少しスピードを欠いた大味な攻撃になったが、斎藤の思惑通り、以蔵が木刀でまともに受け止める体勢になった。その一刀は、まるで木刀ごと以蔵を切り裂くような勢いだった。
「仕留めた」
 
 斎藤がそう思った瞬間に、以蔵の姿が斎藤の目の前から消えた。そして、気が付くと斎藤の身体は宙を舞っていた。

<続く……>

<前回のお話はこちら>

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