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『勇者の乗り物』(#掌編小説#ショートショート)

朝、ホームに立ち、空を見上げる。
青空の日はもちろん、どんよりと曇った日や大雨の日でさえその習慣は変わらない。
ネクタイの息苦しさも、肩にかかるカバンの重さも全て忘れて、空に浮かんでいるような気持ちになっていく。この時間が好きだ。
やがて、銀色の電車がゴーゴーと音を立ててやってきた。
サービス業であるため、始発に近い時間。それでも、そこそこ混んでいる電車。私も含め日本人は勤勉だ。
数分も走ると電車は地下へと吸い込まれていく。
闇がせり上がり、建物が消え、最後に空が飲み込まれたとき、心の中にファンファーレが鳴り響く。
―さぁ。勇者よ。旅にでるのだ!
闇の王を倒し、この世にまた光を取り戻してくれ―
ふと、窓に映った顔をみれば、冒険を始めるには、ちょっと・・・・・・いやだいぶ、とうがたった男。
それでも、自分のために、家族のために、仕事に向かう私。
不敵な笑みを浮かべ、今日という冒険に向かって飛び込んでいく勇者の顔だ。

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