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【利尻島】家出した姉を説得して家に帰らせる使命の旅

2004年、大学3年生の私は、「家出した姉を説得して家に帰らせる」という密命を親から受け、利尻島行きの飛行機に乗っていた。

3歳年上の姉はだいぶ前から家出していた。
大学を休学し、札幌の実家を出て、札幌でアパートを借り、「すすきの」で働いていたはずだが、どういうわけか連絡を受けた頃には、「今、利尻島にいる」と言われた。

利尻島は、北海道の左側にある島だ。
どういう理由で利尻島に行ったのかはわからない。

母親が鼻息荒く、今すぐ姉を連れ戻すと言い出したので、大学が夏休みで実家に帰っていた私は、「私が様子を見てくる」と申し出た。

だいいち姉は私にだけ、利尻島に行っていることを伝えていたし、親には内緒と言われていた。
そこで母親が出ていったら、どう考えてもこじれる。

そして私は両親に、姉を説得して帰らせるようにという密命をおわされたのだ。

夏の青空が綺麗で、利尻の海は青かった。
ずいぶんと小さな飛行機(プロペラ機だろうか?)は、利尻空港に着いた。
そこでは姉が私のことを待っていてくれた。

しかし私は姉を見るなり、ギョッとした。

姉は超ミニスカートで、ものすごい厚底のヒールを履いていて、金髪の巻き髪で、どうみても水商売のオンナ、といった感じだった。

「リナー!」

姉は喜んで私を出迎えてくれた。
元気そうな様子に、ホッとする。

しかし私が姉に声をかけるよりも早く、姉は隣にいた男性に私のことを紹介した。
「これ、私の妹」

姉より一歩後ろには、ものすごく体の大きい、熊のような男の人が立っていた。

誰だ。

利尻島で、彼氏ができたのかもしれない。
しかし姉はその人のことを「この人、運転してくれる人」と紹介した。

もっと、誰だ。

姉はそれ以上その人のことは紹介せず、「利尻島は、うに丼がすごく美味しいんだよー。食べに行こー」と私に言った。

私は「運転してくれる人」の車に姉と乗り、ウニ丼を食べにいくことになった。

ウニ丼は美味しかった。
しかし、「運転してくれる人」は、店には一緒に入らなかった。
そして私と姉がウニ丼を食べ終わる頃に店に入ってくると、ウニ丼の代金を払ってくれた。
「ご馳走様ー。ほら、リナもちゃんとお礼言って」

私は「ごちそうさまです」と「運転してくれる人」に言ったけど、いまいち自分の状況が飲み込めなかった。

そのあと私は、姉が「住み込みで働いている」という宿に向かうことになった。

姉が住み込みで働いているのは、旅館ではなく、スナックだった。

姉には小さな部屋が与えられており、スナック経営のおじさんは私を見ると、「妹さんが来たのか。いらっしゃい。あとで煮魚持っていってあげるね」と言った。
その人の作る煮魚は絶品だと、姉が教えてくれる。

煮魚だけではよくわからないけど、まぁ悪い人ではないのかもしれない。

日が暮れたころ、姉は、自分はこれから仕事なのだといった。
じゃあ待ってればいいか、と思う私に、姉は予想外のことを言う。

「仕事が終わるまでヒマだろうから、このおじさんと一緒に遊びに行っていてね♪」

どういうことなのかわからないが、今度は私は「社長のおじさん」を紹介されて、その初対面の「社長のおじさん」と一緒に遊びに行くことになった。

私は社長のおじさんの車で、別のスナックに行くことになった。
おじさん曰く、利尻島はスナック以外、夜に出歩けるところはないとのことだった(←あくまでおじさんの意見です)。

私は初めてスナックに行った。
スナックというのは、女の子と一緒だといけないのかと思ったけど、そういうものでもないようだった。
私は社長のおじさんと、3軒のスナックをハシゴした。

社長のおじさんは行く先々でいろんな女の子にお小遣いを渡し、私の飲み物代ももちろん奢ってくれた。
ずいぶんと金払いのいいおじさんだと私は感心した。

お礼に私はスナックで「歌舞伎町の女王」を歌ったが、選曲がこれでいいのかは、よくわからなかった。

そしていいかげん、「私、なにやってんだろ」と思い始めたころ、おじさんは姉のスナックに私を帰してくれた。

おじさんは帰り際、「みんなに渡したのはチップだけど、きみへのこれは、お小遣いね」といって一万円くれた。
とてもいいおじさんだと思った。

私は姉の部屋で泊まることに。
すっぴんになった姉は、目の大きさが半分になり、いつものつぶらな瞳の姉の顔になった。

姉になぜ利尻島に来たのかと尋ねると、すすきののキャバで働いていたが、お店でトラブルになって、すすきので働けなくなったから、ということだった。

一体何をしたのかと気になったが、それ以上聞けずに、その日は寝ることになった。

2日目。

その日も、今度は別の「運転してくれる人」が現れた。

私はどこに行きたいか聞かれ、利尻にある博物館へ行きたいといった。
学芸員の資格を取るため、その頃の私は博物館巡りをしていたのだ。

私は「運転してくれる人」と姉と共に博物館へ行ったが、二人は博物館はつまらないといって入らなかった。
私は一人で博物館を巡り、また2人と合流した。

するとその日の夕方に、姉は今度は「今からみんなが集まってる飲み会に行くよ」と言ってきた。

みんなって誰だろう、と思う私に姉は言った。
「私が北海道大学の法学部の学生であることは内緒にしておいてね。高卒ってことにしておいてね」
「なんで隠すの?」という私に、姉はそうしておく方が都合がいいからと答える。

実は姉は、高学歴だった。
国立の附属中に行き、北海道でも数本の指に入る進学校に行き、北海道大学の法学部に現役で合格していた。

しかしもう何年も休学しており、私は姉と同学年になってしまっていた。
姉が休学した理由も、最初の頃は「北海道大学なんかより、私は東大に行きたい」といい出し、親に反対され、休学して自力で東大の法学部に行くためだった。

しかしいったい何があって、利尻島のスナックで働いているのか、私には本当にナゾだった。

とにかく私は「みんな」が集まる飲み会に連れて行かれることになった。
そこにいたのは漁師の若者たちで、男だけ6人くらいいた。

どこにいっても、何が起こっても私はあまり動じない方だけど、姉のことをどこまで話していいかわからないという点では、この飲み会は緊張した。

男の人たちは大いにお酒を飲んで話した。
タトゥーをいれたコワモテの人もいたし、ヒゲの人、メガネの人、真っ黒に焼けた人などもいたけど、みんな漁師だった。
姉は「ウニが食べ放題なんていいなぁ」と言い、「嫁に来なよ」と男たちに勧められていた。

姉はとにかく子供の頃からウニに目がないが、ウニが好きすぎてまさか結婚しないよな、と心配になる。

私が大学生だというと、姉は「私と違って頭いいんだよー」と私を紹介し、私は心の中で(いや、あなたの方がランク高い大学だけど)と思いつつ、ホントはちょっとバカだけど、精一杯賢い妹の顔をした。

しかし漁師たちは少し私の学歴にヒキ気味で、進学せずに家の漁師を継ぐ人が多いので、大学に行くような人はあまり好まれないという事情を肌で感じた。
そういうわけで、姉は学歴を隠していたのだ。

そしてその夜、姉の部屋に帰った私に、姉はあの飲み会をした中に好きな人がいて、その人と今度、ふたりで利尻島を出るのだという話を嬉しそうにしてくれた。

その人は京都の大旅館の息子で、彼だけは利尻島の漁師ではないこと、修行のため、今はあちこち歩いているのだという話を聞く。
姉はカレと結婚し、大旅館の女将になる自分を夢みていた。

そう嬉しそうに話す姉に、私は「よかったね」という他なかった。

布団に入って私は、「説得して姉を家に帰らせる」という密命について考えた。
実のところ、私は説得するつもりなどなかった。

姉が幸せになれそうか。姉が嫌な思いや辛い思いをしていないか。
つまるところ、それが1番大事で、もし姉が苦しんでいないなら、私が姉に言ってやれることなどないと思った。

姉が大学に行かずにキャバで働こうがスナックで働こうが、男に貢がせていようが、姉がそれでいいならいい。
それは私が何か、諭したりできることではない。
彼女が、もがきながら幸せを探しているのなら、それは人生で大事なことだと思う。
それに、妹が家に帰るように言ったところで、聞いたりなどしないだろう。

ただ姉が、暴力を受けたり、嫌な思いをしたり、病気になったりしてないのなら、それでいい、と思った。

翌日、私は帰ることにした。

「元気でね。体に気をつけてね」

それぐらいしか言えることはなかった。
姉はニコニコしながら私を見送った。

プロペラ機で札幌に帰る。
利尻島の夏の海は、驚くほど青い。

家に帰ると母が、姉の様子を聞いてきて、家に帰るよう説得できたかと聞かれた。

私は「無理だね」と話し、母は自分が行くから、姉の詳しい居場所を言うようにせまってきたが、私はそれも無理だと伝えた。

親と姉を繋ぐ唯一のパイプである私が姉を裏切るわけにはいかない。
私が姉を裏切り、姉が家族の誰とも連絡を取らなくなってしまったら、その時が本当の関係の断絶になってしまう。

まだ連絡がついているから、もう少し様子をみたほうがいいし、彼女は何も考えてないわけじゃない、と私は伝えた。

私は姉を連れ戻すことはできなかった。
しかし、姉がどうにか自分の人生を探して生きようとしているのなら、それでいいのだと、思った。

後日‥。
全然良くなかったことが判明する。

姉の彼氏は京都の老舗旅館の息子などではなく、借金があって利尻島まで逃げていた男で、姉も彼と一緒になお日本全国逃避行の旅に出てしまい、もっと家出して帰らなくなってしまったのだが‥。

それはまたの機会に。

これは私が夏に、家出した姉を連れ戻すため、利尻島を旅した話だ。

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