見出し画像

いつもの廊下 第2話

希望の向かう先



この星の人間ってやつらは、

自分で自分がどれだけ疲れているのか

よくわかっていない。

 

どれだけ傷ついているのかの自覚もない。

というか、まったく気が付いていないようだ。

 

たとえそれが、生命を左右する危機だったとしても・・

 

もちろん、わからないものは、わからないし。

気がつかないんだから、どしようもないない。

 

これは言わば、

意識外からの攻撃みたいなものだ。

 

気付いていることは、気がついた事だけだし

知っているのは、知ってる事だけなのだ。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

 

夢と希望

 

 

私は、大企業で働いています。

 

私は、企業経営をしています。

 

私は、仕事を辞めて自分で稼いでいます。

 

 

花を摘むことに夢中になっている者を

死がさらっていく

 

 

2500年以上前に、仏陀が言ったらしい言葉。

死の容赦のなさをこれでもかと表現している。

 

疲れ果てると、どうなる?

 

僕なら、夢も希望も無くなる。

 

何故だろう?

 

 

  

☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

子どもの頃、野球をやっていた。

 

練習して少し上手になった。

 

鍛えれば、鍛えるほど強くなった。

 

出来る事が楽しくなり、次の試合にわくわくした。

 

試合に勝ちたくて、たまらなくなって、

また、帰っても仲間と練習した。

 

 

しかし、いつからだったかな

ある時から練習が辛くなってきた。

嫌になっていた。

 

もう、練習にいきたくない・・

 

 

こころが擦り減っていたんだと思う。

  

 

 

 

友達や仲間たちとポジションを争う。

 

こどもの世界にも、この星独特の

妬んだり、妬まれたりは、厳として存在する。

 

試合でのミスは、会社員の失敗のそれと、なんら変わりはない

 

あげく、ピッチャーやレギュラーは、監督やコーチの息子ばかり・・



僕は、補欠になった。

 

補欠は、ベンチから声出しして皆を応援する。

 

もちろん、大声を出して味方を応援することは

多くのこども達にとって楽しくてたまらない行為なんだ。

 

いつからだろう、応援の声も小さくなっていた。

 

みんなを素直に応援する気持ちには、

もう、なれなくなっていた。

 

K君なんか、いつも僕を助けてくれたし

秘密基地では、帰る時間を忘れるほど、

ずっと、いっしょに遊んできたのに・・

 

親友だったのに・・

 

 

こころが擦り減っていたんだと思う。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

疲れ果てて夢も希望も無くなってもうた・・


 

 こう言って

会社の大先輩が、残業を断った。

当時の僕は、先輩を残念な人だと感じた。

 

時は、阪神大震災・事後処理の最中、

僕は阪神間の物流の中心で働いていた。

 

  

 

どうにもならない、誰かがやらなくちゃならない

 

一度出勤すれば、35時間は、家に帰れない生活。

 

お風呂で、寝てしまい、何度も、何度も溺れた。

 

ある時には、同じ現場で過労死が出たことも聞いた。

 

労働基準法?

 

そんなもんが、戦場では、糞の役にも立たない事を

この平和な日本で体感した。

経験を伴う深い理解をした。

 

絡まって、巻き込まれてゆく・・

そう簡単に抜けられるものか、そう自覚していた。

 

二十歳の僕は、素直に死ぬまで働いたことだろう・・

 

 

これも言わば、意識外からの

攻撃みたいなものだったのだろうか。

 

 

でも、もしかしたら、

違っているかもしれないが、もしかしたら

アノ人が、救ってくれたのかも知れない。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

アノ人

 

それは、

僕が、過労死さえすぐそこにあった

あの現場で一人キリだった時のことだ。

 

スッと一人の女性があらわれた。

 

何と言って近づいてきたのかは、

もう思い出せない。

 

ただ、

「血を浄化するお祈りをさせて欲しい」

とのことで、

 

「その間、3分ほど目をつむって下さい」

と言うことだった。

 

 

見た目は、40歳くらいか、

かなり綺麗な人だったように憶えている。

でも、当時二十歳の僕にとっては、

いろいろと全ていおいての対象外だった。

 

 

あやしいぞ、

宗教の勧誘かも知れない。

この後何か売られるのかな?

怪しいとしか感じなっかたのだが

それが、その時の正直な気持ちだった。

 

ただ

周りには、誰もいなかった。

 

断る理由は皆無。

 

僕は、言われるがまま目を閉じた。

 

目を閉じると、流石に疲れているのかふらふらとした。

身体が、揺れる。

 

真っすぐに立っていられなかったのをハッキリと憶えている。

 

はっと、我に返った。

「もしかしたら、からかわれているのかも知れない・・」

 

自らの低俗な思いに負け

こっそり、気づかれないように薄目を開けてみる・・

 

すると・・

 

良かった。
彼女は、目の前にいた。ぶつぶつ言いながら・・

 

陰陽師?

 

恐ろしい速さで「印を切る・・」とでも言うのか、ソレをやっていた。

 

当時、良く少年漫画を読んでいたので何となくソレを知っていた。

 

その様が、とても美しく、
それをすることが、彼女にとても相応しく思えた。

 

どの道でも、熟練した人にしか出せないオーラみたいなものを感じた。

 

彼女は、僕の中で本物だと認証された。

 

「ありがとうございました。・・・・・・・・・・・・ね。」

言ったきり、彼女は、サッといなくなった。

 

 

ありがとの後に言ってくれた後半の言葉が、

なぜだろう?

 

どうしても思い出せない。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

妻の病気

 

いかに、車自慢の僕であっても、

都会のど真ん中の大病院へは、電車で向かう。

 

一度目の手術は、大成功。

 

ステージⅠの卵巣癌は、すべて摘出されたそうな。

 

でも、数日はICUで面会謝絶だ。

 

今日は、もう帰ろう・・

 

 

楽しい思いにふけながら歩いて帰ろう。

 

20代で患った癌

手術室へと点滴を引きながら歩いて入ってゆく妻の後ろ姿を見送ったときは、正直もう会えないかと思ったりもした。

 

でも、良かった!治ったんだ!

 

そんな風に考えて

暗くない廊下を歩いて帰る。

 

ひとり電車に乗って一人きりの部屋に帰ってゆく・・

 

でも、大丈夫

 

地下鉄の通路ですら明るく感じた。

 

 

この時、僕のこころは、

夢と希望であふれていたんだと思う。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

6人部屋、同室の患者さんたちは、みんな癌患者さんだった。

 

糖尿病と癌を併発しているおばあさんは、

孫みたい見えると、20代の僕や妻にいつもニコニコやさしく接してくれた。

 

 

すぐ横のベットには、30歳くらいの女の人がいた。

彼女は、夫が歯医者さんだそうで、お上品で艶やかな美人さんだ。

自営業での節税について良く僕に話してくれた。

僕は、サラリーマンなので節税対策には、まったくもって興味はなかったのだが、アンジェリーナジョリーばりの唇のセクシーな彼女と話す事は、若かりし頃の僕にとっては、単純に、それだけでとても楽しく思えた。

 

斜め向かいの50代くらいの、お上品なお母さんは、目の前に見えている大きなビルのオーナーさんだそうな。

更に、他にも同じ規模のビルをいくつも所有していると得意げに教えてくれた。

 

癌と言う病は、裕福な人が患う病気なんだな。

当時の僕は、本気で、そんなふうに思っていた。

 

 

少しすると・・

時間どおりに、妻が運ばれてきた。

 

全身麻酔でまだ眠っている。
けど、久しぶりに会えた。

 

わーい。やったー

どころでは無い。

 

飛び跳ねて、

ガッツポーズして、

その辺を、

全力で走り回りたいくらい嬉しかった。

 

 

いつも笑顔で、ゆっくり嬉しそうに話す。

あの、アンニュイな声が聞けなかったのは、少し残念におもえたので

 

夜まで、待ったけど、医者の言った通り

面会時間の最後まで、妻は目を覚まさなかった。

 

まあいいや

明日は、話せるだろう。

 

電車に乗って帰ろう。

 

じゃあ。また明日。

また、暗くない廊下を歩いていく・・

 

 

ひとり電車に乗って、また一人きりの部屋に帰ってゆく・・

 

この時は、なんだかちょっと寂しい気分になった。

 

地下鉄の通路も、心持ちうす暗く感じる。

 一抹の不安

 

今思えば、この時もまた、

僕の人生の分岐点だったのかもしれない。

 

 

僕のすべての線は、あの時間と空間に繋がっているのか。

 

希望の向かう先は、いつも絶望の深く暗いトンネルを潜り抜けてゆく。

 

 

つづく

 

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?