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今日、バスの中で男が倒れた


バスの中で男が倒れた
救急車の音が聞こえる
金髪の女子高生は気づかない
子供は走る、親が追いかける
男は起き上がる
電気屋の前でおじさんが振り返る
小さな贅沢を売る店に入る


バスの中で男が倒れた

どた。
っていう音がしたらしい、僕は気が付かなかったけど。だって大きな音でザビーチボーイズを聴いていたからだ。周りの人たちが騒ぎ始めてようやく気がついた。
男は大柄で、白髪混じりのいかにも中年期、といったような髪の毛と服装だった。
僕は後ろの方に座っていたから、近くで見ることはできなかったけど、微かに赤い何かも見えた気がする。バスは止まった。
ヘッドフォンを片耳だけ外すとガヤガヤと人の声、そして

救急車の音が聞こえる

人生で何度も聞いた、鼓膜に響くあの音。乗車しているおばさんが通報したらしい、その音は段々近づいてきて、ヘッドフォンをすり抜けて僕の鼓膜に訴えかけてくる。音の鳴る方を確認しようと窓を見ると、僕の隣には、爪の長い金髪の女子高生が座っていた。有線のイヤホンに繋がれた

金髪の女子高生は気づかない

チラッと見えた女子高生のスマホの画面、ティックトックを見ている、彼女もまた後ろの方の席ではあったが、こんなにも周りの人が騒いでいるというのに、気が付かない物なのか。ティックトックはすごいな、ざわざわと人間の太鼓ばやしが車内に響く中、「コラっ!」と頭抜けた大きさの母親らしき人物の声が聞こえて

子供は走る、親が追いかける

ずっとバスが止まっている状況に嫌気がさしたのか、到着した救急車への好奇心が止まらないのか、子供は駆け出す、きっと小学生3、4くらいな感じだ、僕もあれくらいわんぱくだったのかな、帰ったら母さんにラインでも入れようかな。そういえばもうすぐ誕生日だったな、そんな事をふと 考えていた矢先に

男は起き上がる

車内はより騒然とした、そりゃあさっきまで倒れ込んでいた男が突然起き上がったのだから、びっくりもするか。
男は、ナルコレプシー というものらしい、それは過眠症の1種で、過度の眠気によって睡眠発作を起こしてしまったみたいだ、僕が見た赤い何かはヘルプマークだった、近いうちに視力検査し直しに行くかな、救急車はそそくさと男を連れて帰り約30分遅れでバスはまた 動き出した、何も悪くない運転手が感情のこもってない声で、申し訳ございませんと、言った。なんだかぼぅっとして、僕は2つ先のバス停で降りた。とぼとぼ帰路に着こうとしたら、バス停の目の前にある

電気屋の前でおじさんが振り返る

僕を知り合いと勘違いしたのか、電気屋に懐かしさでも感じたのか、チャリンコに乗ったおじさんが僕とすれ違ったあと、ばっ と振り返った、ペダルは止めず何事もないようにその場を去っていった。いったいなんだったんだよ、あのおじさん。
せっかくこっちの方まで来たし、最近来ていなかったなと思い僕は

小さな贅沢を売る店に入る

僕の街の小さな珈琲屋、家から駅とは逆の方向に5分歩いたところにあるお店。
「小さな贅沢を売る店」というコンセプトで、長いことやってるみたいだ、ずっとおばあちゃんが1人で店番をしている。素敵だ、僕はこの店の大好きなブレンドの豆を買い足して、また、ザビーチボーイズを聞いた。
Pet Sounds 中々良いアルバムだ。

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