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③きれいな海への航海

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
 プロデューサー席でホクトさんがいつものように眠っている。相変わらず困ったプロデューサーだと思っていたら、ホクトさんは両腕で大好きな”ちーねこ”というキャラクターのぬいぐるみを抱っこしていた。
 凜々しい顔立ちに似合わない幼稚園児のような仕草にボクは思わず笑ってしまいそうになった。
 いけない、いけない。ラジオに集中しないと。
 ボクは気持ちよさそうにねんねしているプロデューサーを母親のように見守りながらラジオを進行する。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 第一印象では決めたくない船長です。第一印象では決めたくない船長、はじめまして。
この船長さんは見た目より中身を大事にしたい方なのでしょう。
今日はどんなお悩みなのでしょうか。私は……」

***

「あいつ、見た目やばいよな」

「え?」

 私は自分に対して誹謗中傷を言われたと思って聞き返しました。

「渡辺マリンのスタイル抜群だよな!」

 高校生二人組はグラビア雑誌を片手にお気に入りのグラビアアイドルの写真を見て鼻の下を伸ばしています。

 あぁ、私じゃないんですね。
 私の被害妄想だったみたいです。
 私は見た目にコンプレックスがあります。
 子供の時から少し脂肪を蓄えやすい体質なのか、少ない食事でもすぐに太ってしまって平均体重を毎回少し超えてしまいます。

 私は痩せてキレイになりたいと思ってダイエットを開始しました。
 まずは食事制限から始めようと思って、1日2食にしてみました。
 そのおかげで体重は少し減ったので、この方法だと思って続けてみます。

 でも、長続きしませんでした。空腹に耐えられずたくさん食べてしまってダイエット前より太ってしまいました。

 ダイエットが続かないことで自分に自信が持てなくなり始めました。

***

「……私はこのまま痩せられないのでしょうか? そう考えてしまうと不安で眠れなくなります。カノンさん、こんな私に何かアドバイスをください。よろしくお願い致します。
第一印象では決めたくない船長、ありがとうございました」

 これは女性にとってデリケートな悩みだ。
 男のボクが女性の気持ちになって、ちゃんとした答えを伝えられるのかな。

 ボクが困っていると、ラジオブースの外に目を向ける。
 視線の先でミナミさんが水筒で何かを飲んでいた。
 それとは引き換えにホクトさんは”ちーねこ”のぬいぐるみを抱きながら、爆睡している。
 もう、ホクトさんはADさんからやり直して欲しい。仕事放棄しているプロデューサーの代わりに頑張っているディレクターであるミナミさんを見て

 あれ? そういえば、ミナミさんは……。

 これならイケるかもしれない。ボクはリスナーさんのお悩みを解決する糸口を見つけた。

「第一印象では決めたくない船長。女の子にとって見た目がコンプレックスというのは避けられない悩みだと思います。でも、無理しちゃいけません。それは体にとって毒です。そういえば……」

 ボクはトークの続きを話そうとした瞬間、ためらいが生まれた。
 これを話すことで傷つく人が目の前にいる。
 リスナーさんを助けるために船員(クルー)を傷つける。

 どうしよう。ボクが言うか迷ってブースの外に視線を向けると、ミナミさんがこっちを見て黙って頷いた。
 カノンちゃん、言いなさい。
 ボクにはミナミさんがそう言っているように思えた。

 ありがとう、ミナミさん。ボクはミナミさんからのパスをもらって躊躇いが消えた。

「あ、すいません。この番組のスタッフさんで第一印象では決めたくない船長と同じように体型にコンプレックスがあるスタッフさんがいて、その方は多忙のストレスで太ってしまいました。その方はキレイな服を着たり、オシャレを楽しむことが大好きでお気に入りの服が着れなくてショックだったそうです。
でも、その方はあることを始めて元の体型に戻ることが出来ました」

 ボクはオチを伝える前に一呼吸間を入れた。

「それが白湯です。白湯は内蔵のお掃除をしたり、体を中から温めてくれるので胃腸の活動を上げたりなど良いことづくめです。
さらに白湯は体だけではなく、心まで温めてくれます。
ボクは白湯を始めてキレイになったその方の姿を見ているので、これはオススメです。是非、第一印象では決めたくない船長もやってみてください!」

***

「カノンちゃん、お疲れ!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前に番組ディレクターのミナミさんがやって来た。

「ミナミさん、お疲れ様です」

「今回の放送も良かったよ」

「すいません、ミナミさん」

「え?」

 ミナミさんはキョトンとした顔を浮かべながら、水筒を口に向けていた。その中身が何かはボクは知っている。ミナミさんの水筒には、いつも白湯が入っている。
 ミナミさんはディレクターという激務のせいで一時期体重が激増して痩せにくい体質になってしまった。

 キレイな服を着たり、オシャレを楽しむことが大好きなミナミさんにとってお気に入りの服が着れないことは一番のショックだったようだ。

 そんな時に白湯を知って心も体もボロボロのミナミさんは藁をも掴む思いで白湯を飲み始めた。すると、代謝が良くなったミナミさんはみるみる痩せ始めて今の体型へと戻った。

「ミナミさんの話をラジオで話してしまって」

「あぁ。いいのよ。番組のためにもなるし、リスナーが喜んでくれたらそれでいいのよ」

 本当は自分の話をされるのが嫌だったはずのに。番組のことを優先することが出来るなんてミナミさんは凄い。

 それに比べてこの人は。
 ボクはミナミさんとは対照的に”ちーねこ”のぬいぐるみを抱いて眠っているホクトさんを見てタメ息を漏らす。

「まぁ、カノンちゃんが言いたいことはわかるわ。だけど、この子も見えないところで頑張っているのよ。だから、今は寝かせてあげて」

「わかりました」

 こんな仕事放棄をしているホクトさんも見えないところで頑張っている。特にスポンサーのお偉いさんと難しい話をしている姿を何回も見たことがある。ボクは思ったことを話せるけど、スポンサーさんとするような難しい話は大の苦手だ。

 そんな人がやりたくないことを引き受けているホクトさんをボクは尊敬している。
 でも、仕事をサボっている事の方が多いので尊敬していることを忘れてしまうことがあるのはボクの中にしまっておこう。

 ぬいぐるみを抱いて子供のような寝顔を見せる船長(プロデューサー)を見てボクらは微笑んでいた。

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