⑥新しい役割を見つけ方
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
プロデューサー席でホクトさんが強面のおじさんと話しているのが見えた。相手は凄く険しい顔で話をしているので、恐らくスポンサーさんかもしれない。
ホクトさんは腕組みをしながら、相手の話を聞いている。流石のホクトさんもスポンサーさんの前では、ちゃんと仕事しなくちゃっとやる気を出しているみたいだ。
こんなホクトさんは珍しい。もしかしたら、明日地球が滅ぶんじゃないか。ボクはそんな不安が過ったけど、ホクトさんをよく見ると目を閉じて聞いているフリをしているようだ。
ね、寝ている!? ウソでしょ!? スポンサーさんの前で居眠りするなんて。ボクはラジオに集中しなくちゃいけないのに、ホクトさんがスポンサーさんに居眠りを気づかれないか心配で仕方ない。
いけない、いけない。ラジオに集中しなくちゃ。ボクはスポンサーさんがホクトさんの居眠りに気づかないことを祈りながら、ラジオを進行させた。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。
「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 戦場を失った老船長です。戦場を失った老船長。はじめまして、カノンです。
文面からこのラジオでは珍しい層の船長さんかなと思います。どんなお話が聞けるのか楽しみです。わしは……」
***
「今日で定年ですね」
「あぁ」
わしは年下の上司に定年を宣告されました。
覚悟は出来ていたが、とうとう来てしまった。
もう老いぼれに居場所はない。若い者に活躍の場をゆずらないといけない。頭では理解できているけど、心は違います。わしはまだまだ働ける。若い者に負けていません。そう訴えたいが未来のない老兵を雇い続けるほど会社の懐事情はよくないと思いました。
それにわしのような老人が居座り続ければ、下で待っている後輩達が出世できない。彼らの未来を潰してはいけない。
もうわしより年上の人間は誰もいなくなっていた。先輩達もわしと同じ気持ちで退いたのだろう。
時の流れには逆らえないようだ。わしは心苦しいが、次の世代にわしの役職を譲った。わしは最終的に部長までは上り詰めました。
わしの人生を振り返ると、仕事しかなかったです。
若い頃は会社のためにがむしゃらに働き、給料を上げ、家族を幸せにする。これだけを考えて生きてきました。
振り返ると、寂しい人生です。
***
「……仕事以外、何もないわしはどう生きようか迷って途方に暮れていた時に、孫からあなたのラジオの存在を教えてもらいました。こんな老兵を救って欲しくてメールをさせて頂きました。
是非、何かアドバイスをください。よろしくお願い致します。
戦場を失った老船長、ありがとうございました」
自分の居場所がない。これは辛い。この年頃は仕事が生きがいだという方が多い。仕事とやりがいを失ったことで認知症になってしまう人もいる。そんなことになったら、人生を棒に振ってしまう。
リスナーさんにはそうなって欲しくない。
ボクはリスナーさんのお悩みに答えるため深呼吸をする。
「戦場を失った老船長。自分の居場所を失うのは悲しいですよね。
ボクもこの”ライトハウス”という船(ラジオ)に乗れるまで自分の居場所はなかったです。
声の仕事が出来るまで様々なアルバイトをしましたが、人間関係が上手くいかなくて辛かったです。
でも、今のプロデューサーさん、ディレクターさん、スタッフさんと出会えてボクは居場所とやりがいを手に入れることが出来ました。
ボクも戦場を失った老船長のように自分の居場所を失ったらと考えると、ぞっとします」
ボクは”ライトハウス”が終了してしまう未来を想像してしまって思わず、背筋が凍った。こわい。ホクトさんやミナミさんと一緒に仕事が出来ない。リスナーさんと繋がれない。
いけない、今はラジオ中だ。ボクは気持ちを切り替えてラジオを進める。
「だから、これからもボクはこの”ライトハウス”を継続できるように頑張ります。もし良かったら、このラジオを戦場を失った老船長の新しい居場所の1つにして頂けませんか? ボクのような若輩者に、あなたの素晴らしい経験を教えて欲しいです。一緒にこのラジオを盛り上げてくれませんか?」
***
「ホクトさん、お疲れ様です」
「お前、アタシに媚びを売って生き残れると思うなよ!」
「え?」
ホクトさんはボクにリストラ宣言をしてラジオスタジオへと戻っていった。
「カノンちゃん、お疲れ様」
「ミナミさん、お疲れ様です」
「気にしちゃダメよ。あれはホクトなりの照れ隠しよ」
「あぁ」
なるほど。ホクトさんらしい。
「カノンちゃんだけじゃなく、リスナーさんの居場所になれるようにラジオ頑張りましょう」
「はい」
船長(プロデューサー)と副船長(ディレクター)が与えてくれた航海士(パーソナリティー)の仕事をもっと頑張らなくちゃと気合いを入れてボクはカフェオレを飲んだ。
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