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私と「やる気」についてーやらないことも一つの選択ー

私はやる気があることないことがはっきりしています。
ですが、そんな時でも焦らずにゆっくり過ごしてみませんか。

久しぶりの散歩のとき、ふと
今日は病み上がりだから少し短めにしよう。
と思い、道を短めにしてみたのです。
いつも私はあまりこういう選択をしないのですが、今回は少し短めにできた自分を褒めました。

やる気がないのではないか。
何かをやっているときにそう思うことが多いのですが、途中でやめても、一度立ち止まっても、違うことに目を向けても、それをやろうとしたことに意味があるのではないかと思ったのです。
頑張って何かをやること自体が素晴らしいことで、それを継続するのは難しいことです。
ただ、継続できなくてもそれはやる気がないというわけではないです。

継続できることはとてもいいことですし、私も一つのことを継続することを忘れないように、日々励んでいます。
でも、何かがきっかけでやめてしまうことだってあると思います。
そんな時に、私はいつも自分を責めてしまうのです。
ですが、周りの環境や事情でやめざるを得ないときもあると思います。
私もそのような時が度々あり、悔しい思いをしてきました。
しかし、道を短めにした私を今日は褒めることができたのです。

やる気とは一つの事象で語れるものではないと思います。
どんなにやる気があっても途中でとどまってしまうこともあります。
ですがそんな時に今までのすべてを否定してしまうことは良くないことだと思います。
私はいろんなことを中途半端にしてしまい、やめてしまうことが多かったですが、今こうして小さなこと一つ一つを続けていけること。
それは、今までの中途半端にしてしまったことの繰り返し、積み重ねで手に入れた価値観であり、考え方であると思います。
それを否定してしまっていた今までとは違い、今では昔は昔であり、その経験がなかったら今はない。と考えれます。

つまり、どんなことでも経験になるので、一つのことをやめてしまったことを責めたり否定する必要はありません。
中途半端に終わった昔のことも、やる気を出して頑張っていたそのことがあるから、今があるのです。

私はそう思えるまでに長い月日を費やしました。
その時にやる気を出して頑張っていたことを恥じることはないです。
たとえ一過性のものでも、何かに取り組めたことはすごいことなのです。
今はそう思えなくても、きっといつかとてもいい経験だったといえる時が来ると思います。

やる気が出ないときも、焦る必要はないです。
それさえも一過性のものかもしれません。

何もしたくないときは、ゆっくり過ごすことがいいのではないかと思います。
無理に何かする必要はないです。
私はそうして自分を追い込まずに、穏やかに過ごすことができています。
やる気を出すために、自分を追い込むことは良くないです。

自分をいつどんなときも大切にできたらいいですよね。


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このブログは、私の考えていることを発信し、少しでも心が楽になる人がいたらいいなと思い、更新します。
毎週月曜日にお会いしましょう。

ープロフィールー
現在、大学進学に向けて勉強中の社会人。
個人でハンドメイドやイラスト、リラクゼーションも行っています。
昔の夢は小説家やら、アイドルやら沢山。
少しでもあなたの力になれますように。


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