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雑記:物語の入り口はどこにでも潜んでいる。

健康のためによく散歩をしている。ウォーキングといえるほどガッツリじゃないけれど、なるべく毎日、30分〜1時間くらいは近所を歩いている。

散歩中は、いろんなことを考える。空を眺めて、青といってもいろんな青がある、と思ったり、今私のペディキュアに塗られているようなメタリックな濃紺の空だったら、きっと禍々しいけれど美しいだろう、と思ったりしながら歩いている。

今は紫陽花が見頃だから、あちこちで眺められる。同じ場所に植わっているのに色の違う紫陽花があって、土壌のpHが違うのかな、と思ったりする。どうしてpHが違うの? 何か埋まっているの?

まだ紫陽花が蕾をつける前の桜の終わる頃に、ひとけがない夜中、ザッザッと土を掘る音だけがする。暗くてよく見えないけれど、シルエットは華奢。寄って見ると、薄く汗ばんだ白い頬に長い髪が張り付いている。女だ。フードをかぶって、まわりを気にしながら、手早く土を掘る女。何を埋めたいのかはまだ、わからない。

そんなことを考えながら歩いていると、ふとすれ違ったご婦人ふたりの会話がワンフレーズだけ耳に届く。

「……おちちゃう、おちちゃう、はやくだいて、っていって──」

おちちゃうおちちゃうはやくだいて。

いったいどういう状況だろう。

おちちゃう、は、落ちちゃう、なのか、堕ちちゃう、墜ちちゃう……

早く抱いて

抱きしめて?
抱きとめて?
性的な、抱いて?

いって、は誰が言ってるのだろう。

崖に片手だけ手をかけて、今にも落ちそうな私が、上からのぞく男に言う。落ちちゃう落ちちゃう早く。男はすぐには手を出さない。危ないから。落ちちゃうから。早く。ねえ早く。落ちちゃう落ちちゃう。崖の縁が崩れそうになる。危ない。落ちちゃう。

焦らすような男はようやく手をさしのべて、私は必死でその手をつかむ。絶対に離さない、唯一の命綱。命を救った私の男。ねえ、早く抱いて。

ご婦人の会話が耳に届いてから家まで、崖の縁をつかんで落ちないようにぐらぐらしながら散歩したよ。危なかったね。助かって良かったよ。

物語の入り口はいつだってどこにでも潜んでいて、すぐに吸い込まれてしまう。楽しい日々です。


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