吉村昭「星への旅」読書感想

最近、フォロワーさんたちに本をおすすめしてもらうことが多いです。というのも、自分の好みだけで本を選んでいると、なかなか新しい作家さんの本を手にとらない気がするんですよね。ですから、定期的にフォロワーさんの読んでいる本を読んでみたり、おすすめしてもらったりしています。
noteのフォロワーさんたちは、サイトの特色上そうなると思うのですが、読書家の方が多い気がします。私が未読の作家さんをたくさん知っていらして、本当に楽しいです。

今回は、私がnoteを始めた初期から交流させていただいております、クルクル☆カッピーさんのおすすめを読んでみました。吉村昭の「星への旅」です。

ここからは、小説の内容に触れますので、もし内容を知りたくない方は、小説を読んでから記事を読んでください。でも、内容に触れるといっても、ネタバレどうこうという小説でもないので、私の感想ごとき読んだところで、この小説の素晴らしさは変わりませんので、気にしなくてもいいと思います。

いつもは、読書を終えるとTwitter(x)で数行の感想を書いて終わるのですが、この小説の感想はとうてい140字以内では書けそうになかったのでこうして記事にしています。

吉村昭というと、私は歴史小説のイメージがありました。でも、この作品は「死」をテーマにした短編集でした。純文学です。内容の暗さと重さに、短編集なのに一気読みができませんでした。短編集をこんなに時間をかけて読んだのは初めてかもしれません。たぶん、一週間くらいかかりました。
真向から「死」に向き合い、「死」と「死体」と「生」を書いた小説でした。中には、むごたらしいような、残酷にも思える描写もあるのですが、それがエンタメスプラッターになっていないのは不思議でした。たぶん、描写の丁寧さと緻密さ、文章の美しさが、詩的にしているのだと思います。だからといって、湿っぽくはない。どちらかというと、淡々と乾いていて、だからこそ「死」という取返しのつかない残酷性が際立ちます。それでいて、「死」を美化していない。「死」は「死」として、しっかり書かれている。それは、作者が戦争を体験したからかもしれない、と思います。死ぬことは決して美談ではない、という意識を感じました。若い少年少女の「死」を扱っておいて、美化もせず、湿っぽくもなく、それでいて文章が非常に美しいというのは、稀有であると思います。

六編あった短編の中で「少女架刑」が一番良かったです。

呼吸がとまった瞬間から、急にあたりに立ちこめていた濃密な霧が一時に晴れ渡ったような清々しい空気に私はつつまれていた。

吉村昭「少女架刑」

こんな冒頭、痺れますね。書いてあるとおり、少女が亡くなったその瞬間から、少女の視点一人称で語られる小説です。自分が死んで、病院に運ばれて、切り刻まれて解剖されて、焼かれて、骨になるまでを、刻々と緻密に、丁寧に美しく描写してあります。静謐な死と、人工的なメスと、作業としてこなす解剖医と、残された家族と、回想する生きていた頃の自分。瑞々しいような感覚をもって胸に迫るものがあります。

「少女架刑」と対をなすように書かれた「透明標本」も良かったです。萎えるような日々を忌みながら、「死体」とそこから取り出される「骨」に異常な執着をもつ老人の話でした。老人にとっては、死後の骨こそが美しさの象徴であり、生きている状態では倦んでいました。透き通るような骨の美しさと、倦んだ「生」から解放的に訪れる「死」の対比は興味深いものがあります。

「少女架刑」に限らず、全体を通して「死」と「硬いような何か」が対になっているようで印象的でした。列車、鉄橋、線路、メス、骨、石。あとがきには「鉱物的なもの」と書いてあり、妙に腑に落ちました。「死」は、どちらかというと柔らかいものとして書かれており、列車に轢かれて砕けてしまう肉体や、解剖で削がれてしまう肉体、岩に落下して破壊されてしまう肉体は、一瞬で「生」と「死」を飛び越える柔らかさがありました。「生」と「死」のはざまがほんの一瞬しかなく、常に隣り合って、同居しているかのようにも感じました。集団自殺をしに行く少年たちの妙な陽気さと、終わりには恐怖とそれを侮蔑されたくないという感情がいかにも人間らしくて、その瞬間はまさに「生」と「死」のはざまであると感じました。

同時に、一度「死」を越えてしまったものは、「死体」以外の何物でもなく、「死」とは決して取返しのつかない、引き返せない状態なのだとも感じました。死体になった人間は、あまねくすべてただの「死体」で、それ以上でもそれ以下でもない。そのことの残酷さが、ひしひしと心臓を刺します。一気読みできない理由は、このあたりにあったと思います。

たしかに、鬱々とする重い内容ではありました。でも、それ以上に文章は美しく、「死」を真向から書いた姿勢は素晴らしいものがありました。
あと、純粋に「文章を愛でるならやっぱり純文学だなあ……」と思いました。私はエンタメ小説が大好きで「読書は娯楽」と思っていますが、やっぱり純文学からしか摂取できないものは絶対にある、と改めて感じました。私にとっては、この「文章を愛でる」という行為も、大好きな娯楽です。

カッピーさん、おすすめありがとうございました。大切な一冊になりそうです。

興味のある方は、ぜひ読んでみてください。既読の方は、コメント欄に感想いただけると嬉しいです。


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