ショートショート:昔の友人【1909文字】
スマートフォンが振動し、着信を伝える。最近はLINEのやりとりが多く、電話をかけてくる人は少ないから、誰かな? と気になった。
画面の名前は、短大時代の友人だった。いったい、何年ぶりだろう。
「はい。もしもし」
「もしもし? あっちゃん? わたし、わかる?」
声の主は、ちーちゃんだった。
「わかるよ。ちーちゃんでしょ? 久しぶりだね。元気してた?」
「うん。元気なんだけど。ちょっと気になることがあって」
「どーしたの?」
「あのさ、秋谷りんこって知ってる?」
「アキヤリンコ? 誰それ。芸能人?」
「違う違う。なんか文章書く人」
「作家さん?」
「いや、作家なわけじゃない」
「何それ」
「あのさ、noteってSNS知ってる?」
「ノート? 知らない。SNSって、私全然やらないんだよね」
「だよね、あっちゃんFacebookも退会したもんね」
「うん。なんか、続かないんだよね、ああいうの」
「じゃ、知らないか」
「SNSが、どうかしたの?」
「あのさ、わたしが学生のとき小説書いてたの、知ってるよね?」
「あぁ、何回か読ませてもらったね」
「どんな話だったか覚えてる?」
「えー? 全部は覚えてないなあ。えっと、恋愛小説あったよね。なんか、どっちも好きなのにもどかしい、みたいな」
「うんうん、あとは?」
「えー? あとは……なんか魔法が使える探偵の話だっけ?」
「そうそう、まぁ、魔法じゃないんだけどね」
「そのくらいしか覚えてないや」
「そっか」
「それが何なの?」
「その、noteっていうSNSが、文章投稿SNSなんどけどさ……あ、そうそう、まーちゃん覚えてる?」
「まーちゃん? 実習一緒だった?」
「あ、そうそう! あのまーちゃんが教えてくれたんだけど、そのnoteっていう文章投稿SNSに、わたしが学生時代に書いた小説とそっくりな小説が載ってるんだって!」
「あ、そーなの?」
「そーなの? って、驚かないの? 盗作だよ、盗作!」
「そっくりって、そんなにそっくりなの?」
「うん。教えてもらってから、わたしも自分で読んでみたの。そしたら、そっくりどころか、全く同じなの!」
「それが、そのアキヤなんちゃらって人が書いてるわけね?」
「そーなのよ。だから、なんか知ってるかな? って思って、学生時代の友達みんなに聞いてまわってるんだけど、誰も知らないって」
「そんなに有名なの? その、アキヤなんちゃらって人。インフルエンサーみたいな?」
「いや、全然。そんなんじゃない。ちびちび楽しんでる感じ」
「なら、いいんじゃない? ただ似たような発想の人がいたってことなんじゃないの?」
「いや、あれは盗作だよ。全く同じだもん」
「じゃ、私が本当の作者です! って名乗り出れば?」
「そうなんだけどさ……小説書き溜めてたノート、どっかいっちゃったんだよね……」
「え? あんなに書いてたのに?」
「そーなの。引っ越しのときに間違って捨てたのかなー」
「じゃ、ゴミから誰かが拾ったとか?」
「えーそんなことってある?」
「それで、おもしろ半分で、試しにSNSに載せてみたとか?」
「うそー……じゃ、もう取り戻せないのー? わたしの作品」
「いや、わかんないけどさ。もう一回、小説書いてたノート探してみれば? 証拠があれば、どうにかなるかもよ?」
「そっか。そうだよね。証拠だよね。ありがとう。なんか、すごい久しぶりだったのに、変な話でごめんね」
「いやいや、元気な声が聞けて良かったよ」
「あっちゃんも元気そうで良かった。ありがと~。またね」
「うん。またね~」
ツーツーツー……
私はひとつため息をついて天井を見上げる。
文学賞はどれも一次審査すら通らなかった。私に文章の良し悪しはわからない。けど、しょせん、その程度だったのだ。
私はアプリを立ち上げ、サポートの振込手続きを行う。このアカウントはそろそろ終わりだな。次のハンドルネームは何にしようか。
そして電話をかける。
「もしもし? まーちゃん?」
「あ、あっちゃん。どーしたの?」
「どーしたのじゃないよ。なんで、ちーちゃんに言っちゃったの?」
「あ! もう連絡いった? 早いな~」
「早いな~じゃないよ」
「いやさあ、ちーちゃんって、学生の頃から、わたしの小説すごいおもしろいのよ。SNSに載せたらそっこーインフルエンサーになっちゃう~ なんて自慢ばっかりだったじゃん。あれ、むかついてたんだよね。だから、あんたの小説は、そこそこだよ、って教えてやりたくて」
私は思わず吹き出した。
「相変わらず、まーちゃん性格悪いね」
「あっちゃんに言われたくないわ」
お互い、笑いあってから電話をきった。
そうだ。
新しいハンドルネームは【まーちゃん】にしよう。
その思いつきはおもしろかった。笑いながら、私はちーちゃんの小説ノートを本棚に隠した。
《おわり》
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