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氷点下32度の私たちは

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カナダ、北緯63度、氷点下32度。 一面、白銀の世界。 私はあの極北の地で、全く別人格だった。 皆もだ。 あそこにしかいない人が、たくさんいた。 氷点下32度の私たちは… もっと読む
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氷点下32度の私たちは|アリソンとエレナの場合

ダウンタウンのアートギャラリーで出会った、 中国人大学生がいる。 アリソンは彫刻科の3年生で、私と同じギャラリーのアルバイトだった。黒髪の豊かなウェーブヘアが肩の上で揺れていて、二重瞼の大きな目と分厚い唇が目を引く女の子。 お父さんは芸術家で、純粋芸術で生計を立てているらしい。それも、娘を海外大学に進学させられるだけの財力を、自分の作品で稼いでいるという。 彼女は時折、お父さんの個展の写真を見せてくれて、私はその度にアリソンの清々しさに嬉しくなった。 言葉の節々から零

氷点下32度の私たちは|#1 レオの場合

<【前回】#0 北緯43度からの孤独 ジムから寮に帰ってきたその足で、 私は共同キッチンへ向かう。 喉がカラカラ。 クリーム色のドアの上部はガラスになっていて、中の様子を覗くことができた。 真っ暗で誰もいない。 はずだったのに、電気をつけてギョッとした。 台所の隅に、人がぽつんと座っている。 恐ろしいことに、何もしていない。 体育座りで、何を飲むでも食べるでもなく、 キッチンボードの上にただ座っている。 イギリス人のレオはいつも明るい男の子で、イベント事にも

氷点下32度の私たちは|#0 北緯43度からの孤独

夜中2時ごろ、けたたましいサイレンの音が壁をつんざいた。 『全員階段で1階まで降りて!急いで!』 11階のRA(レジデント・アシスタント)が廊下で叫んでいる。部屋のドア下にはなかなか広い隙間が空いているから、外の騒ぎがすぐ伝わってきた。 火事か? 私はコートを羽織ってスマホを手に取り、すぐに廊下に出る。 ちょうど出てきた隣の部屋のフロアメイトが『よくあるんだよ』と教えてくれた。 何が「よくある」んだろうと思ったが、どうせ原因は後々分かるだろうと思って人混みの流れに

氷点下32度の私たちは|prologue

カナダ、北緯63度、氷点下32度。 一面、白銀の世界。 部屋からは、ひらひら動くオーロラが見えた。 冬は朝11時前まで暗く、午後3時半には再び日が沈む。 夏は日付が変わる午前0時頃になっても明るい。 ダグラスは私のことを、陽の光を浴びた雪のように明るいと言った。 よく笑い、よく話し、時々芸術的だと。 自分でもギョッとする。 そんなこと、今まで一度だって言われたことなかった。 「明るい」なんて、私とは真逆の言葉だ。 『表情が読めない』 『結婚しなさそう』 『クール』