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【短編】始まりで終わりの夏祭り

彼氏と別れた。
「もう好きじゃない」と言われ、一方的に振られた。

元々ケンカも増えてたし
価値観も合わなかった。

それにしても「好きじゃなくなった」なんて
今思えば失礼にも程があるトンデモ発言だよね。

しばらくその数ヶ月は
「彼氏なんていらないです」モードだっけど
またしばらくすると人恋しくなったのは人間のサガなんだろうか。

私はずっと勝手な偏見もあり
マッチングアプリは絶対に使わないと決めていた。

だけど、アプリで知り合い、結婚した友達を見ていると
「私ももしかして」って思ってる自分もいたりして。

登録を全て完了させて
まずは相手の顔写真を何枚か見ていく。

不思議なことに、今振り返ると
ずっと付き合っていた人と似ている人を探していた。

そんな中、趣味の話で盛り上がった人と仲良くなった。
年齢も近くていい感じ。

デートもした。
映画に行ったり、ごはんしたり、買い物行ったり・・・

本当にくだらない話をしてた。

「ねえ、今度はさ、お化け屋敷いこうよ」
「えー、俺ホラー苦手なんだってばー笑」
「女の子みたいなこと言わないの!笑」

本当に付き合ってるみたいに楽しくて、なによりも幸せだった。

でも

なんとなく、どちらからとも連絡は交換しなかったんだよね。

数週間くらい、アプリでのチャットも途絶えた。
私も忙しかったし、彼も忙しい人だからだったのかもしれない。

そこから「今何してるかな」と気になった頃。
久しぶりにアプリをふと開くとメッセージが来ていた。

「夏祭りがあるんだけど、行かない?」
「夏祭り?笑 中学生みたい笑」

誘われたことが照れ臭くて、でも嬉しくて、変な文章になってしまった。

祭りなんて何年振りなんだろう。
しかも、好きな人と。

大人になってから、しかも彼氏と別れたからは
他の幸せそうなカップルを見るのも嫌になって
自分からそういったイベントには参加しなかった。

ちょうど、去年着る予定だった浴衣を買ったばかりで
元カレと別れてからクローゼットの奥で忍ばせていたのを都合よく思い出す。

「ねえ、浴衣着て行きたい」

たった一言だけ言ってみた。
彼は私のことをどんな存在だと思っているのだろう。
これで断られたら恥ずかしいから「嘘でーす!」とか言っておこう。

「いいよ!浴衣着て行こうか」

彼と駅で待ち合わせて
涼しい電車の中に乗り込む。

目的地について
もわんと湿度の高い空気が流れ込んでくる。

神社で夏祭り
1日だけ彼氏と彼女。

「ねえ、私たち、彼氏と彼女に見えるかな?」

素直に聞いて見たかったけど
どうしても自分に自信はなくて。

手も繋いで人混みで離れないようにって
まるで映画の主人公になった気分。

この世界で今一番幸せなのは
間違いなく私だ。

私たちは少し疲れて
神社で少し休むことにした。

今回で3回目のデートだけど
今日がなぜか一番緊張している。

いつもはおしゃべりな彼がとても静かだから。

薄暗い神社の石階段で
二人で座りながら
ボーッと下を見下ろして

二人でカラフルな提灯や、にぎやかで鮮やかな客たちを眺めていた。

大きな花火が上がって
お祭りも最終章。

「終わるね」
「うん」

ふと彼のを見ると、花火を見上げて夢中になって見ているその横顔が本当に愛おしく感じた。

次はいつ会えるのかな
彼はどんな気持ちなんだろう
浴衣着てまでもお祭りに誘ってくれたんだから
きっと・・・

最後の花火が終わり
あたりが一瞬真っ暗になる。

彼の唇が私の唇に触れてた。

その一瞬だけ。
私たちは恋人になった。

付き合ってもないのに
どちらとも好きとも言ってないのに
浴衣でお祭りに来て、キスまでしちゃって。

なんだか恥ずかしくて
なんだか切なくて
私たちはくすくすとお互いの顔を見ては笑いが込み上げてきた。

この世界で今一番幸せなのは
間違いなく私だ。

そのあとは手を繋いで帰って解散。

次は、次誘うときは、絶対に好きって伝えよう。
大人なんだから!慎重に・・慎重に・・・

キスをしたからといって
まだ告白するのは早いよね・・・

次、よし。

あれから数ヶ月。
また音信不通が続いた。

彼も私も忙しいから。そう思っていた。

仕事の休憩中
ふと彼に会いたくなった、声も聞きたくなった。

忙しくて疲れているからかもしれない。
私の中では、彼は大切な人になっているからかもしれない。

久しぶり彼にメッセージした。

「元気?仕事とか、どう?」

なんとなく、私生活を知りたくて
仕事以外も聞き出そうとした。

それからというもの
休憩が終わってからは怒涛のような仕事をこなしていった。

お手洗いのたびにアプリを見てしまう。
まだ既読はない。

家に帰宅し
アプリを確認する。
既読はない。

いつもの彼だったらメッセージにはすぐ返信が来る。
遅くてもその日の夜には返事をくれる人だったのに。

「忙しいんだよね・・きっと・・」

"彼は忙しいんだ"と自分に言い聞かせ
私も仕事を頑張った。

彼が頑張っているなら
私も頑張れる。


それから数週間後。
ようやく仕事に一区切りつき、大きなプロジェクトも終えて
休日出勤していた私は、久しぶりにちゃんとした休みを迎えた。

忘れていたわけじゃないけど
忙しすぎてスマホなんて触る時間もなかったし。

アプリに久しぶりにログインして
新着メッセージがないか確認する。

ー現在、新着メッセージはありません

「はあ・・・そっか・・」

ブロックされたんだろうか。

でも全く心当たりがない。

色々な覚悟を決めて
彼のプロフィールに飛んでみる。

退会はしていない様子だが
ログイン形跡見ると夏祭りのあの日から日付が止まっている。

彼になにがあったのか
心配だった

だけど、知る術もない。

それっきり彼に会うことはなかった
原因はわからない

今思えば、彼は既婚者だったのかもしれないし
彼女がいたかもしれない。
そんなことも今となってはわからない。

あの日、石階段で休んでいた時
いつもより物静かだった彼は何を考えていたのだろう。

だけど、彼のログイン履歴が
あの日で止まっているように。

私も彼との一番幸せな日で時が止まっている。

"一瞬だけでもあの人の人生に関わることができてよかった"

そう無理矢理にでも思わないと
今にも心のコップから水がこぼれて溢れ出しそうだった。

あなたは覚えてくれているかな
あの日誰よりもあなたの近くにいて
誰よりも愛してた。

記憶の中の笑顔だけ優しすぎて、どうしようもない。

浴衣姿のあなたも、花火を夢中で見上げるあなたも
無邪気にやきそばを頬張るあなたも
最初で最後のキスも 全部忘れないから。

どうせなら、さよならくらい言ってよね。

またいつかどこかで会う日まで。


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