見出し画像

【短編】番号はなんですか?

「番号は何ですか?」
脳内でずっと、男の人の声が響いてる。

気がついたら大きな岩に囲まれた海の砂浜で
ひとりポツンと大の字になって寝そべっていた。

天気は快晴、周囲に人は誰もいない。
いないどころか、「人」の声すら聞こえない。
まるで異国、というか異世界にでもきてしまったようだ。

「私はさっきまで自分のベットで寝ていたはず・・・・だよね・・・・?」

実は自分でも、今の状況を全く理解できない。
今日は月曜日。

社会人でIT企業のOLをしているが
会社で色々あり(あえてここは言わない)仮病をして休んだばかり。
上司に連絡をし、二度寝したばかりだ。

ほら、服装だって今パジャマだし。

キラキラした海辺に似合わない、ピンク色のパジャマを着ている。
「とにかく・・・なんとか家に帰らないと・・・」

周囲は大きな岩に囲まれたいたけど
すぐに出口は見つかった。

洞窟みたいな小さなトンネルをくぐって出た先。

そこは明らかに日本じゃなかった。
「何ここ・・・え、海外・・・・??!」

私は頭の中が真っ白になった。
正確に言うと、「真っ白」というこの言葉さえ出てこないくらいだった。

分かったことは
・おそらくどっかの国
・なぜか自分はパジャマで海外のおしゃれな街をうろついている
・ただし、今日は月曜日で仮病で会社を休んだことまでは覚えている

家に帰るも何も、ここは海外。(たぶん)
もうパジャマであることは百歩譲って、生きて家に帰ればもうそれでいい。

しかし、パジャマであること以外は全て手ぶら。
(あえてパジャマを強調してく)

「とにかく、交番っぽいところ探そう・・・」

私はひたすら歩いた。
もちろん英語も喋れない・読めない、地図だって持ってないし
持ってても分からん。

旅行で来ていたらとんでもなくテンションが爆上がりだろうという
おしゃれなカフェや、本屋さん、見たことのある某高級ブランドの路面店・・・・

交番を探しながら、「次の有給で海外行こうかな・・・」なんて
呑気なことを考えていた。

人間ってのは、パニックの限界値を超えると
無駄に冷静になるらしい。

そんなことをボケッと考えながら歩いていると
"おそらく"交番であろう建物を見つけた。

さすがにイメージです

玄関前に立っている人物の服には「polis」の文字が。
「助かった・・・・・・」

英語は分からないけど、日本人ということが証明できれば
もうなんとかなるだろうと思っていた。

門番みたいに立っている警察に話しかけた。

「あの・・えっと、、迷子になりました。。。」

警官は眉間に皺をよせた。

「one more time please?」もう一度言ってもらえますか?

早い。早すぎる。
え、なんて言われた・・・?
「おまえ何奴!!!」とか言われたのかな、、え、逮捕されたらどうしよう。

「日本人です」ってなんて言うんだっけ・・・
やばい、パニックで簡単な単語も分からない。

パニックどころか、もはや自分が何をしたいのかも分からなくなってしまい
変な解釈までしてしまった。

私の様子が「明らかに」おかしいので(パジャマだし)
対応してくれた警官が、「中に入って」とドアを開けてくれた。
(たぶんそう言ってくれた。はず。たぶん。)

さすがにイメージです、察してください

中に入ると、日本で言う銀行の窓口みたいな場所があって
そこに案内された。

(海外の交番ってこんな感じなの。。。??)

イメージと全く違う状況に驚きながらも
周囲を驚きの視線でキョロキョロしながら、ゆっくりと窓口に近づく。

ゆっくりと受付に視線を戻した瞬間
私は、自分がパジャマでいることよりも驚いた。

近所の銀行のいつもの受付のお姉さん(「の」が多いな)

「??!!!!!!!あの・・・・難波さんですか・・・・?!」

私はよくお世話になっているので名前も把握している。
異国の世界で、というか「未知の世界」で初めて会った顔見知り。
私は泣きそうになった。

どうして難波さんがここにいるのかも全く不明だが
(なんならカオスな状況)
もう知り合いに会えたことだけが救いだった。

「難波さん?!私、、、覚えてますか・・・?!」

何度も何度も呼びかける。
他の窓口にも、同じようなお姉さんがたくさん立っていて
交番というよりも、まさにそこは「日本の銀行」だった。

今思えば、目覚めたところからすでにおかしいが
交番の玄関には、警官が立っていたのに
中に入ると銀行のような構造って、おかしい気がしてきた。

しかし私は、とにかく家に帰りたくて
難波さんに何度も話しかけた。

私はだんだん怖くなってきた。

目の前にいる、「明らかに」難波さんなのに
その人は私の呼びかけに全く応じない。

応じないどころか
目線はずっと一点を見つめ、姿勢良く立っている。
まるでマネキンのようだ。

他の受付のお姉さんも、同じように立っている。

パジャマ姿の女が
こんなに取り乱して叫んでいるのに、誰一人として反応しない。

「なんなの・・・なんか・・気持ち悪い・・・」

せっかく助かると思ったのに。
せっかく知り合いに会えたのに。

この不思議な状況が、だんだん怒りに似た気持ち悪さに変わってきた。

ただどうしたらいいか分からず
ボケッとその場で、マネキンのような受付のお姉さんたちを見つめているしかなかった。

不気味な空間で、なんとなくお姉さんたちから目を離せずにいると
急に全員口を開いた。

「what's the number?」番号は何ですか?

と、その途端、意識がだんだん遠のき
体を誰かに揺さぶられていた。

「林檎さん?!大丈夫ですか?」

(・・・んっ誰・・・)

「起きてますか?番号分かりますか?」

(・・・・・・だから私は今日仕事休んだんだって・・・・)
(あと、さっきから、番号ってなんなんのよ・・・)

「ん・・・起きてるって・・・番号番号うるさいな・・・」
「私は日本人だって言ってるじゃん・・・・早く家に帰りたいんだから・・・」

また知らない女の人に「"番号"を教えろ」と言われている。
なんなんだろう。

私は、もう全く状況についていけなかった。
ただだんだんと、意識が朦朧とし
目の前の受付のお姉さんたちが曇って見えたのは覚えてる。

「オイ!!!!早くしろ!!!!!!」

突然の男性の怒鳴り声に
私の心臓は口から飛び出そうになった。

あなたの上司かもしれません

「?!?!?!っへ!!!???はい!!!!!」

訳も分からず急な大声にびっくりし"飛び起きた"。

周囲を見渡すと、あのマネキンのような銀行のお姉さんたちも
交番の玄関先で私を案内してくれた警察官もいなかった。
もちろん、顔馴染みの「難波さん」もいなかった。

そこは見覚えのある会議室で
"知っている顔"たちが、全員こちらを向いている。

「林檎さんしっかりしてくださいよ!」
「・・・ん・・・ここ日本、、?難波さんは?」

「何言ってるんですか林檎さん・・・・ここは会社で、クレーム入れてきたのは"壱番"様いちばんですよ!」

「?!」

私は全てを思い出した。
そもそも今日は仮病で休んだりなんかしていない。

残業続きの重い体を、どうしても会社に連れて行きたくなかった。
だけど、実家暮らしの私は母にお尻を叩かれ
イヤイヤ会社に出社したのだった。

毎週月曜は会議がある。

私は今日、資料も用意せず会議に参加していた。
先週は、大きな取引先からクレームがあり
私では対処できず、上司が代わりに謝罪の電話をしてくれることになった。

会議中に
残業続きだった私はウトウトしてしまい
どうやら気が付かぬうちに眠ってしまったようだった。

「林檎さん、もう一度聞く。クレームを入れてきた壱番様いちばん様の電話番号分かるか?」

何も事前準備していなかった私はすぐに回答できなかった。

「いえ・・申し訳ございません・・すぐには用意ができません」

「もういいよ。林檎さん、明日からは来なくていいよ。。退職するには"社員番号"しゃいんばんごうが必要だから、せめて自分の"番号"くらいは忘れないでくれよ笑」

私は、社員全員の前で居眠りを披露してしまったこと。
公開処刑のように怒られたこと。
夢の中の出来事を、寝言として呟いていたこと。

全てが恥ずかしくなった。

もともと会社自体に不満もあったから
退職を考えてはいたけれど、居眠りで解雇なんて、こんな辞め方
「キラキラ社会人一年目物語」でも載せられそうな出来事だ。

いや、でも元々不満があったから
一石二鳥なのか?

でもなんか腹立つから
次の履歴書には、「会社都合」って書いとこう。

色々あった会社だったけど
可愛い後輩もできて、人間関係はよかった・・・なんて
その日の夜、自分の部屋で、色々考えて退職届を書いていた。

ふと、この前見た「夢」を思い返していた。
居眠りしてたし、私はただの夢を見ていたんだ。

寝ている間、ずっと「電話番号教えろ」って上司が私に話しかけてたみたいだし、きっとのそのワードが夢の中で強調されて出てきたんだろう。

パジャマだったのも、仮病で会社を休んだのも、二度寝したのも
きっと自分の理想が反映されただけ。

気持ち悪い状況だっただけに
「夢」であってよかった。

そう安堵した時だった。

ブーッ、ブーッ

「非通知?」

私は、営業職をしていて
たまに契約してないお客さんから
話だけでも聞きたいと社用携帯に電話がかかってくる。

退職すると言っても
社用携帯を持っている限り
仕事の電話が辞める直前までかかってくるだろう。

「引き継ぎしなきゃね・・・」

「はい、株式会社〇〇でございます」

「あの」

「はい、ご契約に関してでしょうか?」

「あなたの"番号"ばんごうは何ですか?」

私は気がついたら意識を失っていた。

気がついたら大きな岩に囲まれた海の砂浜で
ひとりポツンと大の字になって寝そべっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?