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初めて母を泣かせてしまった日のこと。


私は友達付き合いが苦手な子どもだった。

『苦手』と言い切ると逃げのようではあるのだけれども、お友達と密に関わることが大変に下手くそだったと思う。

小学校まではそれでも楽しく過ごせていたのだが、中学以降それが顕著に表れるようになってしまった。

学校に友達に、イマイチ馴染めなかったのである。


当時の私にはなぜこんなにも仲良くなりかけた友達とそれ以上仲を深めることが出来ないのか、わからなかった。

元々三人グループだったはずなのに、いつのまにか2対1になっているなんてことはよくある話だった。

「あぁ、またか」と思うだけだ。

人の顔色ばかり窺って、かと言って努力することもせず、自分を省みることもせず。

なぜなのかわからぬまま時を過ごした。

虐められているわけでも、避けられているわけでもない。

完全に一人で過ごしているわけでもないし、それなりにつるむ人たちもいる。でも心を開ける人がいなかった。「どうせ私には興味がないだろう」と思えて仕方がなかった。

ゆえに、学校が楽しくなかった。

『楽しくない』なんて言ってしまったら負けな気がしたし、親に相談するのも憚られ、一人このモヤモヤした気持ちを抱えながら過ごしていた。


そんなある日、ついにズル休みをしてしまったのだ。


登校途中にある祖母の家に立ち寄り「学校に行きたくないからおばあちゃんの家にいさせてほしい」と頼んだところ、快く受け入れてくれ学校に休みの連絡を入れてくれた。

以後、心地よさを感じた私は「今日はどうしても気が向かない」というときにはおばあちゃんの家に行くようになってしまった。


そんな時間を幾度か過ごしたある日の夕方、学校の先生から家に電話がかかってきた。

怪しんでの電話ではなくただ単に連絡事項があっての連絡だったのだが、この電話でついに母に休んでいたことがバレてしまったのである。


私の結婚式と父の葬式以外で母の涙を見たのは、後にも先にもこのときだけだ。

「なんでズル休みなんかしたの…!!信じられない…!!なんでそんなバカなことしたの!!!」

皆勤賞をとっていたタイプの母には、自分の子どもがズル休みをしたということが信じがたく恥ずかしかったのだろう。

涙ながらにそれはそれは怒られた。


それまで、母の涙を一度も見たことがなかった私は、大変なショックを受けた。後ろめたさこそ感じていたものの、自分がした行動で母を泣かせてしまう可能性など、露ほども思っていなかったのだ。

母を泣かせるなんて…自分はなんて悪いことをしたのだろう…と反省する気持ちと共に、でもどことなく報われないような気持ちも抱えていた。なぜこんな気持ちになるのか、自分でもわからなかった。

このときに感じた胸が押しつぶされるような感覚は当時を思い出すだけで思い出すことが出来るくらい、私にとってもショックな出来事であった。


それから20年以上経ち。私は今二人の子供を育てる母親として過ごしている。

自分が母となった今、当時の私がなぜ切なく感じたのかの理由がわかる。

私はあのとき理由を聞いて欲しかったんだな、と。

ただのワガママだ、と思う。どの口が、とも思う。

でも、「何か辛いことでもあったの?」と聞いてほしかった。

休む理由は何なのか、そこを気にかけてほしかった。


しかしながら、自分が母親となった今、怒らず過ごすというのは無理であるということも悟っている。完全な悟りである。

アドラーの本を読もうが、アンガーマネジメントの本を読もうが、

「こるぁああぁぁあああぁぁーーー!!!」

と怒りに狂う時はあるし、その感情を飲み込めないときもある。そりゃ、ある。ない方がおかしい。あるったらある。

おそらく、あのときの母と同じ状況になったとしたら、まず飛び出す第一声は「なんでこんなことしたの!!!!」だとも思う。

「なんで」と言いながらも相手の意見を聞き入れる余裕のない高圧的な言い方で怒るだろう。


でも。

子どもがすることには必ず理由があるということも、過去の私が教えてくれた。あのとき感じた言いようのない切なさを私は今もしっかり覚えている。

気持ち落ち着いてからでもちゃんと、「何かあったなら話して欲しい」と伝えたい。

子どもにだって、何か理由があるはずなんだ。


大人にだって休みたい時があるように、子どもにだって休みたいときがあるはずだと私は思う。

ズル休みではなく、心の休息日。

心を休めたいというのは、ズルではない正当な理由だと思う。

皆勤賞を狙いたい人は狙えばいい。でも、そこに固執しすぎて心や体調を崩してしまっては本末転倒だ。


今年の4月から小学校に通う娘。

もし娘にも時折『心の休息日』が必要なのであれば、それは受け入れてあげたいと思う。

「休んじゃおうか!」なんて明るく言える自分でありたい。


尚、余談だが、私は子どもが産まれてから今に至るまで子どもの前で何度も泣いている。「またママ泣いてる」と言われるくらい泣いている。元々緩い涙腺が産後バカになったがゆえである。

恐らく私の子ども達は『母の涙』に対する免疫はついていると思う。

多少泣いたくらいで動揺されるようなことはないだろう。


↓今思うと、自分の気質が当時の私がうまくなじめなかった原因かなと感じます。経験を積んで、今はだいぶ生きやすくなりました。


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