見出し画像

私は甲冑である 《短編小説》

【文字数:約2,400文字】

※ 本作は『あなたの死を願うから』の番外編ですが、未読でも問題ないと思います


 私は甲冑である。名前は教えてあげない。 

 もとから甲冑で生まれたわけではないが、私の生まれた場所にさえ興味があるとは思えず、もう地図にない場所なので覚える必要もないだろう。

 そもそもナントカ村といった名前もなく、なんとなく街道沿いに生まれた集落なので、日当たりの良さで繁茂はんもした雑草と大差がない。

 親は土を耕すことを生業なりわいにしており、小麦に野菜といった作物ができるのは、すべて神の思し召しなのだと感謝していた。それを子供らしく信じた私は、教会の司祭になれば飢えることもないだろうと考えた。

 小賢しい思惑を脇に置いて、教師よろしく読み書きを教えていた司祭によれば、私は賢い人間ということらしい。賢くない人間の代表は2つ隣の家に住む鍛冶師の息子で、いずれ天罰が下るだろうとうそぶいた。

 その月の終わりにかまどから出た火が元で鍛冶師の家が焼け落ちると、司祭は同じようなことを言わなくなった。鍛冶師の一家は町に行ったので、その後どうなったのか知る由もない。 


 司祭の勧めと推薦もあって町の学校へ通い始めた私は、神が日々の食事を用意してくれるわけではなく、神に仕える人々がそれを成すのだと理解した。

 もちろん不信心の極みであるから、おくびにも出さず勉学に励んだ結果、今度は都の学校へ行かないかと誘われた。

 私の返事は決まっていたので、7つ上の姉に良い相手が見つからないと話した。するとなぜか司祭は城の食堂で働く職を見つけてきた。

 都の学校と家を往復することはできないので、教会の部屋で下宿させてもらうことになり、様々な雑事を引き受けるうちに魔女の話を聞いた。

 なんでも怪我をしてもすぐに治り、決して老いることがないそうで、しかし出会った人間は食べられてしまうらしい。

 想像力の逞しさは人間の美点だと思いつつ、怖がらせようとする相手の顔が気に食わなくて、「ぜひ会ってみたいものですね」と返してやった。


  今でこそ病院に行けば大半の病が治るけれど、あの頃は流行り病で死ぬ人間が多かったし、小さな村が地図から消えるのも珍しくなかった。病の人間を置いて健康な者が去り、いくつもの村が新しく生まれては元の場所が廃墟になった。

 数ヵ月前から便りの途絶えた姉を探したものの、村のあった場所も廃墟になっており、訪れる人が絶えて荒れた教会の中で少女を見つけた。

 親から捨て置かれたのか、それとも先に召されたのか分からないが、少女も長くはなさそうだった。何度も空咳をして、両の瞳を開けることもできない有様だった。私の手を取ったのも親が戻ってきたと勘違いしたのだろうし、助けを求めていたわけではないはずだ。

 それでも消えかけた蝋燭ろうそくのような少女を捨て置くことができず、近くの城へと連れて行った。その後にどうなったのか知りたくもないが、少なくとも城主は周辺の村々に手を差し伸べ、多くの尊敬と感謝を集めていたから、丁重に葬られたと思うことにしている。


 ふたたび城を訪れたのは10年後で、今度は私が病に見舞われていた。治す手立てもなく荒れた時期もあったけれど、やがては諦めて運命を受け入れようと考えたとき、昔に聞いた魔女の話を思い出した。

 どうせ死ぬなら会って食べられたいと思い、様々な真偽不明の流言から10年前に訪れた城を再訪することにした。

 もちろん「魔女に会いに来た」と言ったところで、城に入れてくれるはずもない。そこで城内にある教会の司祭に手紙を書いて、神の御許に仕えたいと心にもないことを願い出て、怪しまれずに認められる運びとなった。

 周辺から運ばれてくる病人の世話や、遠方に出向く司祭の代わりなど仕事は尽きず、その合間を縫って魔女を探した。

「あなたは美しい、神に使わされた天使か、あるいは魔王の命を受けた悪魔に違いない」

 聖書の朗読であるかのように装って、様々な場所に声をかけた。それこそ人間をそそのかした蛇を真似まねるつもりで、出せる限りの声音と調子を試した。

 ある日、いつものように呼びかけた後に意識が遠のき、気づくと見慣れない部屋にいた。磨かれた石の食卓には胡桃くるみ色の椅子が添えられ、その1つに座っていると理解したところで、向かいの席に置かれた人形が話しかけてきた。

 ああ、これは夢でついに自分は死んだか、あるいはその手前にいるのだと考えて、冗談をまじえても嘘はつかず正直に胸の内を話した。今は空っぽの甲冑だけれども、あのときに決めたことを今も忘れてはいない。

 

 幸運な私は魔女によって葬られ、見返りとしてその願いを叶えられるよう努力した。いくらでも時間があったし、魔女に燃やされても何度だって甦ることができたから、いい蝋人形になれたと自負している。

 それでも神ではないためか、魔女の願いが叶わないまま長い歳月が過ぎた。50年前に最後の城主が世を去り、城が地方政府の所有になって人の出入りが活発になったころ、とある提案をされた。

 私が嫌がっても拒否しないことを理解した上で持ちかけ、そのとおりに実行した。ただ、私は魔女が思っているほど善人でもなく、ましてや悪人でもなかった。協力者にも恵まれ、私の計画もまた同じように実行された。

 それまでと変わらない十数年が過ぎたある日、絹糸のような白い髪をした魔女が窓の外を指差して言った。

「あの人間をここに招待するとしよう」

 その瞳は空を燃やす夕暮れ色で、鏡の代わりを務められる程度に輝く私には、少女のようでもあり、どこか女性にも見える姿が映っていたはずだ。

 私が甲冑になったのは魔女のせいであり、その一方で魔女のためでもあったから、今の姿を後悔してはいない。それに目をつけた人間の行動が目に余るようなら、剣の錆にすることも可能だ。

 実際には存在しない唇を動かして、甲冑となった私は答えた。

ご命令のままに Yes,my Witch 


 next to ….



なかまに なりたそうに こちらをみている! なかまにしますか?